■『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話』(済東鉄腸 左右社)

選者:ライター・研究者・トミヤマユキコ

 千葉の実家で引きこもり生活をしていた難病持ちの著者が、ルーマニア映画との出会いをきっかけに、日本から一歩も出ずしてルーマニア語で小説や詩を書く作家になったという、嘘みたいな本当の話。読むだけでここまで元気が出る本もそうそうない(読むエナジードリンクと呼びたい)。どんな状況にあっても、人は未知なるものと出会い、自分の運命を切り拓いていくものなのだ、と本気で信じられる一冊。凡百の自己啓発本より、よほど啓発効果がある!

■『平家物語』(岩波文庫ほか)

選者:ライター・永江朗

 800年ほど前に成立した軍記物ですが、描かれていることは現代と同じ。平清盛が登場すると、はじめのうちは皆さん拍手喝采。ところが落ち目になると手のひらを返して叩きます。彼が熱病で死ぬシーンの書きぶりなんか嬉々としちゃって。そういや田中角栄のときもこうだった。政治家でも芸能人でも、ぼくたちは持ち上げて落とすのが大好きなのだなあと痛感します。千年経っても人間は変わりません。これからも同じことを繰り返すのでしょう。

■『岬』(中上健次 文春文庫)

選者:作家・長薗安浩

 1976年1月、中上健次はこの作品で、戦後生まれ初の芥川賞作家となった。そのとき15歳だった私は、受験勉強をサボって話題の本を手に取った。複雑な血縁と土地の歴史が絡みあい、異母妹を抱くことで「父親殺し」を果たそうとする主人公に恐れをなしつつ、人間を、人間の営みを露悪なまでに描く文学の凄みに興奮した。なお、作品に登場する人物たちはその後も生きつづけ、かの傑作『枯木灘』へと昇華していく。21世紀生まれにも中上健次が描く「血と地」の世界を、と切に思う。

■『神話と科学 ヨーロッパ知識社会 世紀末~20世紀』(上山安敏 岩波現代文)

選者:文芸評論家・長山靖生

 社会科学方法論の厳密化が進む学問と、知的想像力を駆使して神話の復権を夢想する人々。その両極の間で、反発し合いながらも交流し、揺れ動いていた知識人たち。実践的社会運動や出版潮流、政治動向など社会背景も踏まえて、ウェーバーやゲオルゲ、ニーチェ、フロイト、グロース、ユング、バハオーフェン、ヘッセ、トーマス・マンら多様な知識人が、相互影響の中から自身の思想を確立していく姿を大胆に活写した、知のあり方への示唆に富んだ作品。

週刊朝日  2023年6月9日号より抜粋

暮らしとモノ班 for promotion
2024年の『このミス』大賞作品は?あの映像化人気シリーズも受賞作品って知ってた?