※写真はイメージです (GettyImages)
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 1951年から続いてきた「週刊朝日」の書評欄「週刊図書館」。執筆陣の方々が「次世代に遺したい一冊」を選出しました。今号を最後に週刊図書館は休館となります。70年余りにわたるご愛読、どうもありがとうございました。

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■『はだしのゲン』(中沢啓治 汐文社ほか)

選者:詩人・比較文学者・管啓次郎

 広島。爆心地から1.3キロの地点で被爆した6歳児は奇跡的に生き延び、すべてを見た。黒焦げの死体、おびただしいガラス片が刺さった人々、ずるりと剥けた皮膚をぶらさげ幽霊のように歩く人々。すべてを見、記憶し、長い沈黙の後にこの漫画を描いた。空から投下された核兵器の残虐を、地表の視点で。『はだしのゲン』が描くすべては事実であり真実だ。嗚咽しながら読もう。これこそ世界のすべての人と共有したい作品だ。絶対的な平和主義のために。

■『隠し剣 孤影抄』『秋風抄』(藤沢周平 文春文庫)

選者:文筆家・鈴木聞太

 古き佳き日本人の美徳(思いやり、慎み、羞じらい、辛抱、忍耐)を遺し、伝えるには物語、しかも時代小説であり、短編こそが最良と考えた。数ある藤沢作品のなかで本書を選んだ理由である。心躍る秘剣の要素を持たせつつ、地味な微禄の藩士の生活をきっちりと描き分けた17編。全編を通し、美しい日本の人間、とくに女性が輝いているのを読者は知るだろう。なかでも「暗殺剣虎ノ眼」「必死剣鳥刺し」「隠し剣鬼ノ爪」「盲目剣谺返し」を味わってほしい。

■『フラジャイル 弱さからの出発』(松岡正剛 ちくま学芸文庫)

選者:ミステリー評論家・千街晶之

 若き日に読んだ本は、時としてその後の価値観や人生そのものに途方もない影響を与える。1995年という、私が評論家デビューした年に読んだ松岡正剛『フラジャイル』は、文系理系双方を自在に往還する博覧強記ぶりを駆使しながら、「弱さ」を「強さ」の欠如ではなく、はかなさ、わびしさ、うつろいやすさ、こわれやすさ……等々、より豊かな世界を持つものとして評価する一冊だった。四半世紀以上昔の本ではあるが、私は自分の弱さを忘れそうになると、常にこの本に立ち返る。

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