浜矩子/経済学者、同志社大学大学院教授
浜矩子/経済学者、同志社大学大学院教授
この記事の写真をすべて見る

 経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。

*  *  *

 アイザック・アシモフをご存じの方は多いだろう。SFの生みの親の一人だ。特にロボットものの名品を数多く生み出した。ロボットという言葉自体は、チェコ人劇作家カレル・チャペックの造語だが、この言葉を世界的に普及させたのは、アシモフ先生だ。いまやロボット工学は確立した研究分野だが、これもアシモフ先生が発明したroboticsの邦訳である。

 アシモフ先生の数あるロボット物語の一つの中に、次のくだりがある。ある登場人物の発言だ。「有能な人間たちは現代社会でも珍重されていますよね。今でも、我々は発すべき質問を発するに足る知性の持ち主たちを必要としています」(翻訳筆者)。超大型スーパーコンピューターが、地球上の万事を管理するようになっているという時代設定だ。そのような環境の中で、もはや人間は無用の長物ではないのか、という会話の流れの中で、この考察が出てくる。

 また別の作品には、スーパーコンピューターに対して質問を発する能力に長けた「グランドマスター」人間が登場する。彼の優れものの質問があってこそ、初めてスパコンも名回答を出せるのである。

 この話を久々に読んでびっくりした。なぜなら、ほんの数日前に、近頃一世を風靡している生成AIから間抜けではない回答を引き出すには、良い質問をしなければいけないというので、人間の質問力アップが問われている、という記事を読んだばかりだったからである。

 上記二つのアシモフ作品は、いずれも1950年代に書かれたものだ。今、生成AIをどう扱ったらいいのか、その設計や使用方法をどう規制したらいいのかという難問と格闘している政策責任者や教育者たちは、アシモフ先生の全ロボット作品を徹底学習する必要がありそうだ。

 ここで改めて思う。AIはいずれ質問力を持つようになるのだろうか。疑問を抱くようになるのだろうか。常々考えてきたことではある。だが、チャットGPTなどが話題を席捲するようになって、この思いが一段と強まった。AIが名質問で人間から名回答を引き出す日はくるのか。その時、有能だとして珍重されるのはどんな人間だろう。

浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演

AERA 2023年5月22日号