――カメラはいつから?
グラフィックデザイナーをしていた24歳のときです。仕事仲間のカメラマンの影響で、自分も撮ってみたくなった。「これ使うといいよ」と教えてもらい、初めて買ったのがニコマートEL。そして25歳のとき、休暇でアメリカとカナダへ行って風景をたくさん撮った。ニューヨークのように建物や人が密集した街ではなく、サンフランシスコやバンクーバーといった、空が広くてさわやかな土地。このときの写真が、イラストレーターに転向するきっかけです。
――どういうことですか?
現像の上がりを見て、今まで見たこともなかった光の世界に衝撃をうけた。とにかく「影が真っ黒」に写る。それを見て、写真をもとに絵を描きたいと思い立った。「レンズ越しに見たアメリカ」というモチーフも面白いんじゃないかなと。以来、暇さえあれば海外に行って写真を撮り、29歳でイラストレーターになった。最初から、写真をトレースして彩色するというスタイルでした。
カメラはいろいろ買いました。30歳でライツミノルタCLに出合って、ライカのよさに気づいた。軽くて、静かで、精巧で、操作感もいい。そのあと、M4とM5、そしてM3、M6と来て、昨年はM8。並行してニコンのF、F2も使っていたし、ハッセルの205シリーズにも手を出したけど、ライカはただ触れているだけで楽しいんですよ。最初は「古臭いカメラだな」なんて思ってたのに、店頭で触ったら、すっかり気に入ってしまった。M3は巻き上げのダブル・アクションと、ヌーキーつきデュアルレンジズミクロン50ミリがついていたのが購入の決め手。レンズの根元に付属のアダプターをつけると、ヘリコロイドが回ってマクロレンズとして使用できる。ぼくは静物画も描きますから、一つで接写もできるレンズは魅力的だった。M6は、M3にはないAE露出計が最初からついていたので、即買いでした。ボディーが小さいのもいい。撮ろうとして構えても、人が怖がらない。(笑)
いま、いちばん使用頻度が高いのがM8。ライカでデジタルがほしいとずっと思っていたので、出たときはうれしかった。知り合いの某カメラメーカーの研究員はぼくがM8に飛びついたのを見て、ばかにしてたな。「たった1030万画素? もうすぐ国内で5000万画素のカメラが出るのに」って(笑)。だけど、まったく後悔していません。古いレンズもヌーキーの接写レンズも使えるしね。ライカを持つと、仕事してるというより、「写真を撮ってるんだ」という気分になれる。とにかく機械好きの心を揺さぶってくれるカメラです。
――どういう風景を撮り、絵にするのですか。
描きたいと感じたらどんどん撮る。ただ、下絵になるトレースをするとき、輪郭を拾えないと困るので、自然光をしっかり撮ることはつねに意識します。夜の風景を描くときは日中の写真を撮ってから、あとで夜の色に置き換えていくんです。あとは、モチーフが風景に溶け込むようなアングルで撮ることです。たとえば人や動物は正面からは撮らず、後ろ向きに撮る。車も後方からのアングルばかり。なぜかというと、正面像というのは存在感がありすぎて、そこだけが風景から浮いて見えるから。とくに人間の顔は好みが出るでしょう。ぼくがいちばん描きたいのは細かいモチーフではなく、風景に当っている光の有り様なんです。
そうして使いたい写真をスキャンして、構成を決めて出力。その輪郭を手書きでトレースし、再びパソコンに取り込んで彩色していく。写真がもつ精密さや正確さはそっくりいただくんだけど、いったんプリミティブな手書きの線に崩すことが大事。だからトレースの作業にいちばん神経を使います。このときも、ライカのよさを実感しますね。
※このインタビューは「アサヒカメラ 2009年5月号」に掲載されたものです