岡野雄一『ペコロスの母に会いに行く』はコミックエッセイ、つまり漫画による随筆である。この本を読んで、漫画というものがあって本当によかったと思った。漫画だからこそ描けるもの、漫画でなければ描けないものがある。
 ペコロスは著者のペンネーム。小タマネギのことだが、体形およびツルツル頭が由来。このペコロスと母との日常がテーマだ。ペコロスは62歳、母は89歳。母は認知症で、グループホームにいる。さっきあったことはすぐ忘れてしまうし、はるか昔のことと現在とを混同することもある。日々起きることをユーモラスに、短い漫画で描いている。
 たとえば、「不穏解消の処方箋」という八コマ漫画。ホームに行くと母は不穏(気持ちや言動が不安定で、穏やかでない状態)。ペコロスが車椅子を押すと、悪態ばかりついている。そこでペコロスは帽子をとって母に頭を見せる。すると母は息子だと気づき、「また立派にハゲてェ」と上機嫌に。ペコロスは「ハゲてて良かった、とシミジミ思った」という。認知症になった肉親について語るのはつらいことだが、こうして漫画にすると、たんにつらい・悲しいだけではないものが伝わる。
 母の89年の人生にはいろんなことがあった。それが認知症の症状のなかで噴き出してくる。息子は正面から受け止め、ユーモラスな漫画に転換する。なんと素晴らしい。
 感動と同時に、介護というものの困難さも痛感する。施設に預けているので「介護という言葉は縁遠く畏れ多いと思っていた」と著者はあとがきで述べている。在宅介護が理想で、施設に頼るのは良くないといわんばかりの風潮があるのだ。和田秀樹が『人生を狂わせずに親の「老い」とつき合う』(講談社+α新書)などで述べているように、在宅介護至上主義が多くの人を苦しめている。介護施設をもっと拡充しないと、大変なことになる。

週刊朝日 2012年9月28日号

[AERA最新号はこちら]