冷戦時代、アルバニアは北朝鮮同様、共産主義鎖国体制をとる謎の国だった。92年、共産政権が崩壊すると、アルバニアは国を開いたが、ほかの欧州諸国とは大きく異なる文化が色濃く残った。
それを小島さんが実感したのは2013年。隣国モンテネグロを訪れた際、タクシーで国境を越え、アルバニアの街シュコダルを訪ねた。すると、「それまで訪ねた国とは明らかに違う空気というか、人を感じた」。
道端では羊が生きたまま売られていた。商談がすむと、ヒツジはすぐとなりのコンクリート小屋で解体された。「こんな暮らしがまだヨーロッパに残っているのか」と驚いた。
小島さんは1枚の写真を見せてくれた。繁華街の歩道にインスタントカメラを下げた男が立っている。そのわきは首に鎖をつけ、座り込んだクマがいる。
「これは観光客をクマといっしょに撮る商売なんですけれど、ロマの写真を検索すると必ず出てくる光景なんです。これを見たとき、この国にはロマがいっぱいいるんだ、と思った」
ロマはアルバニアだけでなく、パリやローマなど、ヨーロッパの大都市にも住んでいる。
「でも、彼らは毛嫌いされていて、ほかの市民とは分断されているというか、暮らしぶりが見えてこない。ところが、アルバニアでは明らかにロマの人たちが店を営んでいた。それに非常に興味を持った。アルバニアを撮ってみたいと思いました」
■「私たちはロマなのよ」
翌年、小島さんはアルバニアの首都ティラナに降り立った。1週間後、ギリシャとの国境に近い古都コルチャを訪れた。小さなバザールに足を踏み入れると、山のように積み上げられた靴を売る店があった。
「写真を撮っていると、いきなり、靴屋のおばあさんが『私たちはロマなのよ。知ってる?』って、片言の英語で話しかけてきたんです。『知っています』と返したら、『私たちはドイツにもいるし、スペインにもいる。世界中にいる。あなたの国にもいるはずよ』と。『いや、いないと思います』と言ったら、本気で驚いていました」
彼女は数年前までドイツで暮らしていた。しかし、差別がひどくてアルバニアに移り住んだという。
「アルバニアは他の国に比べて差別が少なくて暮らしやすいと、みんな口をそろえて言んです。だからロマたちが移住してくると」
この出会いをきっかけに、小島さんはロマのことをもっと知りたいと思い、彼らにレンズを向けるようになった。「ぼくが写真を撮るのは、何かを知る手段なんです」。