巨人などでプレーした台湾出身の陽岱鋼
巨人などでプレーした台湾出身の陽岱鋼
この記事の写真をすべて見る

 ここ数年、NPBで苦戦することが多い外国人選手。中でも特に大きな期待を受けて来日しながら、その期待に応えられなかった代表例と言えば王柏融(日本ハム)ではないだろうか。台湾リーグでは2年連続打率4割をマークし、2017年には三冠王にも輝くなど大活躍し、複数球団の争奪戦のすえ2018年に来日して日本ハムに入団。しかし4年間の在籍で一度も規定打席に到達することができず、通算159安打、14本塁打、打率.235という寂しい数字で今オフに自由契約となった。

【年俸ランキング】2022年セ・リーグ個人年俸上位20傑はこちら

 今年で29歳とまだ若く、来季については育成契約を結ぶ方針であると報じられているが、4年続けて結果を残せなかったことを考えると、ここから這い上がって一軍で活躍することは難しいと言わざるを得ないだろう。

 王は期待に応えることができなかったが、2000年以降に台湾から来日して成功した例と言えば許銘傑(西武オリックス)と張誌家(西武)の2人である。許は来日2年目の2001年に先発として11勝をマーク。その後はなかなか成績を残せないシーズンも長かったがリリーフとして復活すると、2011年オフにはFAでオリックスに移籍した。通算301試合に登板して49勝2セーブ39ホールドは立派な数字と言えるだろう。

 入団直後のインパクトが強かったのが張だ。2002年のシーズン途中に来日すると、約4カ月の出場ながら10勝をマーク。チームのリーグ優勝にも大きく貢献した。翌年以降は少し成績を落とし、実働は3年に終わったものの通算26勝を挙げた。ちなみに2002年は許が9勝、張が10勝をマークしており、この2人の活躍がなければ西武のリーグ優勝の可能性は低かったとも言える。

 この2人以上に安定感があったのがチェン・ウェイン(中日など)だ。2004年に19歳という若さで来日して中日に入団すると、来日6年目の2009年には先発の柱となり防御率1.54という驚異的な数字で最優秀防御率のタイトルを獲得。味方の援護が少なく二桁勝利は2010年の13勝だけだったが、2008年からは4年連続で防御率3点以下を記録している。その後はメジャーでも3度の二桁勝利をマークするなど活躍。2020年にロッテでNPB復帰した後は故障の影響もあり結果を残すことはできなかったが、日米通算96勝は見事という他ない。

著者プロフィールを見る
西尾典文

西尾典文

西尾典文/1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究し、在学中から専門誌に寄稿を開始。修了後も主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間400試合以上を現場で取材し、AERA dot.、デイリー新潮、FRIDAYデジタル、スポーツナビ、BASEBALL KING、THE DIGEST、REAL SPORTSなどに記事を寄稿中。2017年からはスカイAのドラフト中継でも解説を務めている。ドラフト情報を発信する「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも毎日記事を配信中。

西尾典文の記事一覧はこちら
次のページ
近年活躍する野手は“日本で育った”選手