日本の大学で最難関といえば、東京大の理III(理科III類、医学部進学課程)だ。しかし医師国家試験合格率を見ると、東京大の名前を見つけることは難しい。なぜなのか。そして合格率の高い大学はどこか。日本の大学を、ランキングをもとに様々な角度から論じた書籍『日本の「学歴」 偏差値では見えない大学の姿』から、抜粋してお届けする。
【ランキング】歴史で振り返る!医師国家試験合格ランキング(全16ページ)
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■1970年代からの医学部ブーム
医師になるためには、医学部医学科(以下、医師養成系という意味で医学部とする)に入学する必要がある。学部の名称がそのまま職業を示し、「業務独占系学部」と呼ばれている。
1953(昭和28)年、1963(昭和38)年の医師国家試験合格率(表)をみると、100%の大学がいくつも並んでいた。1960年代前半に医師国家試験を受けた大阪大医学部名誉教授によれば、(1)医学部が少なく優秀な学生が集まった、(2)成績が良いからではなく本当に医者になりたい学生が多かった、(3)医学が格段に進歩した現在よりも国家試験の問題が難しくなかったなどの理由があるという。
ところが、1970年代に入ると様相が変わった。合格率100%の大学が減り、60%、70%台という低水準の大学が出てきた。
1970年代に「医学部のない都道府県」を解消するため、全国各地に新しい医学部が誕生した。また、それに合わせるかのように、受験生の間でも医学部ブームが起こった。高度経済成長期が終わり景気が悪くなってきたころで、医者は儲かるという神話が広まったこともあろう。それほど医学に関心がなくても、成績が良いばかりに医学部に進んだ受験生もいた。
1970年代半ば、一部の新設私立大で裏口入学が行われたことが発覚する。とくにA医科大、B医科大の寄附金要求による裏口入学の実態はひどかった。
当時、マスコミ報道も過熱した。もっとも衝撃的だったのが、「サンデー毎日」(1977年10月2日号)の「~~医大“金権”入学の秘原資料 これでも入試といえるのか」だった。その中身は、A医科大について1974(昭和49)年から1977(昭和52)年までのあいだ、入試の成績が400点満点中40点台の受験生を合格させたデータが示されていた。数学0点、英語が2点や3点の合格者が何人か見られる。受験雑誌で公表した合格最低点は、どの年も250点前後となっていた。虚偽報告である。