村上:代弁者にならない。これはすごく大事なことですよね。同時に、とても難しい倫理だと思います。僕の場合、当事者にインタビューして、それを本にまとめていくわけです。でもそれがあたかも、当事者になり代わってしまうのは、どこか違いますよね。
丸山:「当事者の代わりに」というような傲慢なことは言いたくないのですが、エンターテイメント小説は、割と読んでもらいやすいと考えています。そこで少数者のことを描いていけたら、その声が少しは届くかもしれません。小説の場合、セリフを通して大切なポイントを感じてもらえることもあります。
村上:自分たちはどういう立場なのか。これは研究活動の中で常に考えさせられる問題です。僕の場合だと、どういう立ち位置で西成の人たちのことを書いているのか、すごく意識しなければいけないと思います。彼らを代表できるわけではありません。一方で、何かを伝える役割を担っているのは事実です。研究者が代弁者であるかのように振る舞ってしまうケースは、実はすごく多いのではないでしょうか。自戒を込めて、注意しないといけないと思います。
(取材・構成/眞崎裕史)
■丸山正樹(まるやま・まさき)
1961年東京都生まれ。小説家。早稲田大学第一文学部演劇専修卒業後、シナリオライターとして活動。2011年松本清張賞に応募した、「ろう者」を主題としたミステリ『デフ・ヴォイス』で作家デビュー。以後、社会的に「見えない存在」に焦点を当て、創作を続ける。
■村上靖彦(むらかみ・やすひこ)
1970年東京都生まれ。大阪大学人間科学研究科教授・感染症総合教育研究拠点(CiDER)兼任教員。2000年、パリ第7大学で博士号取得(基礎精神病理学・精神分析学)。13年、第10回日本学術振興会賞。専門は現象学。