Patagonia 撮影:田中克佳
Patagonia 撮影:田中克佳

■できたばかりの地球の表情

 それから10年ほど後、田中さんはアンデスの南端、パタゴニア地方を訪れた。すると、今度は天を突きさす山々の世界に圧倒された。

「最初は意味がわからなかったんですよ。いったい自分は何に打ちのめされているのか。目の前にある風景は確かに奇麗なんですけれど、他の場所で美しい自然や大絶景を目にしたときには1度も感じたことのなかった畏怖、恐怖心を抱くというか、圧倒的なものを感じた」

 パタゴニアの核心部、トレス・デル・パイネ国立公園(チリ)で撮影した写真には、巨大な岩を鋭く彫り上げたような山がいくつもそびえ立つ。その姿は芸術作品のようだ。

「調べていくうちにわかったんですが、この山岳群は世界的に見ても、ものすごく若い。なので、稜線がすごくシャープなんです。できたばかりの地球の表情というか、原始の風景。ああ、だから、ほかの場所では感じなかった感覚を覚えたんだな、と思いました」

 パタゴニアは地球上でもっとも氷河が集中している地域でもある。

「氷の帯がものすごい時間をかけて流れ下ってくるんですが、その先端が最後に湖で崩れ去る。何百年もの時間を凝縮したものが、一瞬で終わる。最初、その意味もよくわからなかったんですが、何回も目にするうちに『時間』というキーワードが風景のなかに浮かび上がってきました」

Patagonia 撮影:田中克佳
Patagonia 撮影:田中克佳

■もっとも強烈な体感

 写真集を開いて意外に思ったのは、田中さんがボリビアのウユニを訪れたことだった。ウユニには絶景スポットとして知られる湖があり、世界中から観光客が押し寄せる。なぜそんな場所を訪れたのか?

「そこはアンデスのなかで、かつてない強烈な体感を覚えた場所なんです。ぼくにとってのウユニは、何日も究極の体験をしながら旅をして、最後にたどり着いたところ。観光客が飛行機でポンとウユニに着いて、あの鏡のような湖面の写真を撮って、インスタに載せて、という場所ではないんです」

 世界一乾燥しているといわれるチリのアタカマ砂漠を北上し、ボリビアとの国境を越えると、「アルティプラーノ」と呼ばれる地域に入る。標高約4800メートル。

「ふつう、そのくらいの高度だと山を想像されると思うんですけれど、アルティプラーノは平原なんです。アンデス山脈の真ん中に広大な盆地が広がっている。そこはこれまで私がさまざまな場所を旅してきたなかで、もっとも人間の足跡のない、遠隔地中の遠隔地だった」

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桃源郷のようなウユニ