Sacred valley 撮影:田中克佳
Sacred valley 撮影:田中克佳
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 25年ほど前、田中克佳さんは南米アンデス奥地の厳しい自然のなかで暮らす人々の姿に魅せられた。

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 アンデスは世界最長の山脈である。南米大陸の西側を縦断し、7つの国にまたがる。赤道付近から南にかけて、熱帯雨林や砂漠、さらには南極、グリーンランドに次ぐ規模の氷床が広がる。そんな場所に田中さんは毎年、何度も足を運んできた。

 田中さんは1993年に大手広告代理店・博報堂を退職後、2年間、ナショナルジオグラフィックの写真家・マイケル・S・ヤマシタ氏のアシスタントを務めて独立した。

 自ら立てた雑誌の企画をきっかけに南米ペルー・クスコ周辺の集落に足を運ぶようになると、人々がいまだに血塗られた歴史を引きずっていることに気がつき、衝撃を受けた。その象徴が、祭りの際に踊り手がかぶる仮面(マスク)だという。

「すごくユーモアというか、グロテスクな感じのマスクをしている人がたくさんいた。最初はなぜ、彼らがそんなマスクをしているのか、わからなかったんですけれど、これは征服者のスペイン人を揶揄(やゆ)したものなんです」

Sacred valley 撮影:田中克佳
Sacred valley 撮影:田中克佳

■血塗られた過去の記憶

 田中さんの写真集『ACROSS THE ANDES』(東京ブックランド)を開くと、祭りの日、教会の前を行進する人々の姿が写っている。カラフルな民族衣装とは対照的に、目を見開いた黒い仮面が際立って見える。

「さまざまな南米の国を訪ねて、実感したんですけれど、ペルーの国民性、特にアンデス奥地に住んでいる人々は非常に寡黙で、言ってみれば、猜疑心(さいぎしん)が強い。それは『コンキスタドール』、つまり征服者に蹂躙された過去があり、その記憶や血が色濃く残っているからなんだろうなと、感じました」

 ペルーには、先住民とスペイン人を祖先に持つメスティーソが大勢暮らしている。

 かつて、「黄金の都」といわれたクスコはインカ帝国の首都だった。高度な農耕技術や建築技術を有していたインカ帝国は1533年、スペイン人によって征服され、滅亡した。

 スペイン人はインカ文明に代表されるアンデスの知恵や宗教を押しつぶし、キリスト教を強制した。

「ペルー国民のほとんどはキリスト教徒ですから、キリスト教は彼らの生活にはなくてはならないものです。でも、彼らはキリスト教を信仰しつつ、どこかで拒絶している。ものすごく複雑な精神文化を持っている。それを目の当たりにしたとき、ものすごい感銘というか、ショックを受けた。さらに、高地の厳しい自然環境で生きる人々の神秘的な強さと美しさを同時に感じた。それが、25年前の旅だった」

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