■桃源郷のようなウユニ
アルティプラーノにあったのは、「見る者を突き放す風景」だった。距離感を失う月面のような荒野。地底から吹き上げる蒸気。塩湖で羽を休めるフラミンゴの群れ。
「超遠隔地で毎日、圧倒的な自然と向き合って撮影しているうちに、ものすごい恐怖感が湧き上がってきた。自分の存在意義みたいなものを見失い始めた。いったい何をしているんだろう、ぼくは、みたいな」
自分の外側に視線を向けて写真を撮っているつもりが、いつの間にか、その視線が自分の内側に向かってきた。
「毎日のように自分への問いかけが始まった。自分の存在とか、目指そうとしていることとか。自己認識を強烈に感じた。今まで世界中で写真を撮ってきて、そういう体験をしたことはなかった」
標高が高いので、酸素濃度は通常の半分ほどしかない。睡眠は浅く、日に日に体力が奪われていく。荒涼とした大地の上を渦巻く雲と精神状態がリンクして、大混乱しているかのように感じた。
「そんな場所から少しずつ高度を下げていって、最後に到達するのがウユニなんです。少し体力を回復できて、一息つける桃源郷のように感じました」
ウユニの湖に到達した田中さんは撮影中、1人の観光客とも出会わなかった。
「湖は広大で、ぼくが写したのは大勢の観光客がやってくる場所とはまったく別のところなんです」
■25年かけてもごく一部
田中さんはこの写真集について、「とてつもなく長い山脈のなかで、さまざまなことが起こっている。それを一つの壮大なストーリーにまとめたかった」と語る。「まあ、抽象的ことばかりがテーマになったんですけれど」。
一方、「25年かけても『これがアンデスです』と、言っていいのか、というくらいの場所しかカバーできていない」と、率直に言う。
写真集の前文を寄せてくれたマイケル・S・ヤマシタ氏は文章を、こう締めくくった。
<本写真集の完成までには、25年という歳月を要していますが、彼がアンデスへの想いをすべて完結させたとは思っていません。次の章と出会える日を心待ちにしています>
「マイクは、これからも撮り続けろと、強いメッセージを投げかけてくれましたが、まさにそのとおりです。また違うアンデスを表現し続けていければな、と思います」
さらに田中さんは定点観測的にアンデスを撮影し、メッセージを発信し続けることの重要性を感じている。
「おそらく、ぼくの子どもや孫の時代になったら、もう見られないと思われる光景がたくさんあります。今、起こっていることを伝えるだけでなく、それを写真で残さなければならない」
人々の生活だけでなく、自然環境も変化している。
「初めて見たパタゴニアの氷河と、今の氷河ではもうまったく別ものというくらい、先端が後退してしまった。一方、赤道近くのベネズエラやコロンビアに目を向ければ、ぜんぜん違う表情が現れる。アンデスは定点観測するという時間の軸と、北から南まで見るという途方もない距離の軸、2つの軸で表現できる場所なんです」
(アサヒカメラ・米倉昭仁)