実は、西尾さんは失明する前、カメラに凝った時期があった。
「けれど、まったくだめでした。何を撮るか決めずに、ただカメラを持ち歩いていただけなので、いい写真が撮れるわけがない。かっこうだけでした」と、振り返る。
ところが、「今はもうぜんぜん違います。最初はちょっと迷っていたんですが、だんだん、こういう写真をこう撮りたい、とイメージするようになりました」。
撮りたい被写体はインターネットを使って探す。例えば、階段であれば、面白そうならせん階段がある場所をネットで見つける。そこをガイドといっしょに訪れ、撮影する。
「その風景が気に入ったら、時間を変えたりして、もう1回撮影に行くんです。どちらかというと暗い写真が好きなので、例えば、夜の情景を撮りに行く。一人で出かける場合もあります。ちょっとずつ移動しながら露出を変えて何枚も撮る」
■見えていない安心感
撮影した写真は、視覚障害者の外出を支援するガイドヘルパーの資格を持つ写真家・鶴巻育子さんに見せて、選んでもらう。
「慣れてくると説明してもらわなくても、写真を見てもらったとき、『おっ』というような反応で、自分が思うように撮れたな、とだいたいわかるようになりました」
ちなみに、撮影した作品を客観的な第三者の目で選んでもらうことは、プロの写真家でも珍しくない。
「ぼくは、ちょっとあいまいな感じの写真が好きなんです。鶴巻さんはそのへんを理解してくれている」
西尾さんは街の風景だけでなく、ポートレートも撮影する。
岩崎由岐子さんは昨年末、西尾さんに写してもらった作品を写真集『魂を撮る 全盲の写真家・西尾憲一によるポートレートセッション』(パブフォト)にまとめた。それについて、西尾さんはこう語る。
「写真展に展示する作品は、こういうふうに撮りたいとか、作為が多分にある。でも、岩崎さんの写真は、好きにやって、っていう感じでシャッターを切っていたので、作為がない。そういう撮り方、というか、ぼくにはそれしかできないので」
ポートレート撮影の際、西尾さんはレンズの絞りやライティングを変えながらシャッターを切っていく。写した写真をカメラの背面モニターで確認するのはモデル自身である。
「モデルさんからすれば自分で自分を撮る、セルフポートレートみたいな感じです。それが逆にモデルさんの生の感じっていうか、純粋なものが自然に出ていい雰囲気になってくるのかもしれない。ぼくは見えていないので、どんな顔をしても大丈夫。だから、安心感があるんじゃないですか」
(アサヒカメラ・米倉昭仁)