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西尾憲一さんが目に異常を感じ始めたのは25歳のころ。網膜色素変性症と診断された。症状は徐々に悪化し、失明する難病だった。いくつもの病院を訪ねた後、医師からこう告げられた。
「10年後には必ず見えなくなるので、今すぐ視覚障害者として生きる道を探してください。現代医療でも治せない病気なので、ここに来るのも時間の無駄です」
それから30年あまり。西尾さんはまったく目が見えない「全盲」だ。
ところが、である。
西尾さんは10年ほど前から写真を撮影し、作品を発表し続けてきた。
撮影には大きな一眼レフを使用する。理由を尋ねると、昨年出した写真集『盲目の写真世界 記憶というかたち』を開き、こう言った。
「この部分にピントを合わせて、ほかをボカすと面白い写真になる。そういうことを表現したいと思ったので、大きなカメラに買い替えました」
最近、視覚障害者がアートを制作したり、観賞することが一般的になってきた。しかし、手で触れる彫刻などが主で、全盲の人が写真を撮影し、しかも「表現する」というのは聞いたことがない。
西尾さん自身も、まさか、そんなことができるとは、思ってもみなかったと言う。
「だって、撮った写真、見えないじゃないですか」
■風景が自分のものになった
西尾さんが写真と出合ったのは2010年秋。
「インターネットを見ていたら『視覚障害者と一緒に楽しむ写真教室』というのをたまたま見つけましてね」
目が見えないのに、なぜパソコンの画面に映っている内容がわかるのだろう?
「画面を読み上げてくれる『スクリーンリーダー』というソフトウエアがパソコンに入っていて、操作や画面の情報を音声で伝えてくれるんです」
見つけたのは写真家・尾崎大輔さんの写真教室だった。
「えっ、と思いました。目が見えない人が写真を撮って楽しむって、いったいどういうことかな、と」
写真教室の会場、神代植物公園(東京都調布市)を訪れると、5~6人が集まっていた。ほとんどが全盲の人だった。
そこでコンパクトデジタルカメラを貸し出されたものの、西尾さんは困惑した。
「本当に、これでどうすんの、という感じでしたね。まったく何も見えない霧のなかで撮ろうとしているような。上下左右もよくわからない、宇宙空間みたいな感じでした」
参加者一人一人にボランティアのガイドがついて園内を歩いた。