■健診の落ち込み分を紹介患者数が上回った
東海大学病院(神奈川県伊勢原市)は、国内でもかなり早い段階からコロナ患者を受け入れてきた県西域最大規模の基幹病院。ここの腎泌尿器科准教授を務める小路直医師は、超音波でがんを焼灼する高密度焦点式超音波治療(HIFU)やMRIによって得られる画像情報を利用して正確な生検をおこなう「ターゲット生検」など、前立腺がんの診断と治療に関わる最新技術をいち早く臨床導入してきた。
小路医師は、「健診から送られてくる前立腺がんの件数は減少しましたが、地域の診療所や病院でPSA(前立腺特異抗原)の検査を受け、異常値を示して紹介されるケースが増えた」としたうえで、「健診受診率の低下によって前立腺がんの進行例が見つかる割合が高まったような感覚はあります」と言う。
「早期であれば侵襲度の小さいHIFUで治療できるのですが、『もう少し早く見つかっていれば……』というタイミングでHIFUができず、放射線や化学療法に進んだケースは、従来より増えたような気がします」
院内の受け入れ態勢はどうだったのか。他の病院でも同じような状況があったようだが、入院数の制限によって、良性疾患の手術の優先度が低くなった時期があった。ここでグレーゾーンになるのが「PSA高値」の人の生検だ。
「PSAがどんなに高くても、あるいはMRIでがんの疑われる所見があっても、生検でがんの診断が下りるまでは制度上『がん患者』ではないので、病院によっては『良性疾患』に分類されることがある。でも、検査をすれば高い確率でがんが見つかるのであれば、早急に検査をするのが本筋です。ここは医師の判断に委ねられるところですが、私は状況から見てがんが疑われるなら躊躇せずに検査をし、がんが見つかったらその先の治療に進む――という方針でやってきました」(小路医師)
もう一つ、小路医師が懸念するのが「腎がん」だ。前立腺がんと異なり、腎がんはその大半が健診で見つかる、という特徴がある。コロナ禍の長期化で健診の受診控えがあった影響で、腎がんの発見が遅れている危険性がある、と指摘するのだ。
「毎年人間ドックを受けている人が3年ぶりに受診したら大きな腎がんが見つかり、腎臓の全摘術をおこなった例がある。近年、4センチ未満の腎がんはおもにロボットを用いた腎部分切除術が一般的で、その患者さんも毎年人間ドックを受けていれば部分切除で済んだと思われます」(同)
■患者側にも、正しい判断力と的確な行動が求められる
コロナが医療に与えた損害を正確に把握するのは、パンデミックが収束して数年を経てからになるが、医師らが口をそろえて言うように、健診や人間ドックの受診控えががん治療に影響を及ぼしていることは事実のようだ。
混乱の中でもがん治療に関わる医療者は、なんとか通常の診療を継続しようと努力する。患者側も、どう動くべきか考えたい。新型コロナウイルスから身を守ることは重要な取り組みだが、そちらに偏り過ぎて、がんの早期発見がおろそかになるのは本末転倒だ。正しい判断力と的確な行動力が求められる。
(取材・文/長田昭二)
【取材した医師】
東京医科歯科大学病院呼吸器内科教授 宮崎泰成 医師
国立がん研究センター中央病院肝胆膵内科長 奥坂拓志 医師
名古屋大学病院消化器外科一講師 上原 圭 医師
東海大学病院腎泌尿器科准教授 小路 直 医師
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