3位:赤松真人(阪神→広島)

 新井貴浩の人的補償で2007年オフに広島へ移籍。阪神では二軍暮らしが続いていたが、ブラウン監督(当時)からの評価が高く、移籍後は3年連続で100試合以上に出場するなど驚きの飛躍を遂げた。持ち味は何といってもそのスピードで、広島入団後は7年連続で二桁盗塁をマークしている。また外野の守備にも定評があり、2010年にはホームラン性の当たりをフェンスによじ登ってキャッチするスーパープレーも見せ、この年のゴールデングラブ賞にも輝いた。2016年オフに胃がんを発症し、その後は一軍復帰を果たすことはできなかったが(2019年に引退試合で1試合出場のみ)、長年にわたり守備、走塁のスペシャリストとして活躍した姿は印象深い。

2位:一岡竜司(巨人→広島)

 2011年のドラフト3位で巨人に入団。沖データコンピュータ教育学院という専門学校(社会人野球に所属)出身ということも話題となり、1年目から二軍で抑えに定着するなど活躍していたが、2013年オフに大竹寛の人的補償で広島へ移籍となった。移籍1年目から31試合に登板して2勝、2セーブ、16ホールド、防御率0.58をマークする活躍を見せると、2017年からは2年連続で59試合に登板するフル回転の活躍を見せてチームのセ・リーグ3連覇にも大きく貢献。その後は勤続疲労もあって成績を落としたが、昨年は2年ぶりに一軍復帰を果たし、復活の兆しを見せている。実績のなかった若手が人的補償をきっかけに飛躍した代表例であり、一岡の移籍以降、巨人は若手を多くプロテクトする方針に変更したという意味でも影響力の大きい選手と言えるだろう。

1位:福地寿樹(西武→ヤクルト)

 1993年にドラフト4位で広島に入団。広島での12年間は代走、守備要員だったものの、2005年オフに青木勇人とのトレードで西武に移籍すると外野の準レギュラーへと成長し、2年連続で25盗塁以上をマークしている。

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