福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授
福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授
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 AIがますます進化していくにつれ、どんどん人間の仕事がAIに取って代わられることになり、将来的にはかなりの職業が消滅することになるという。これは由々しき事態なのだろうか。

 19世紀初頭、イギリスの産業革命によって織物工業に機械が導入された際、失業の恐れを感じた労働者たちが、機械打ちこわし運動を行った。いわゆるラッダイト運動である。今から見ると、これは時代の大きな流れに抗おうとして、滑稽な、歴史の徒花みたいなエピソードとなってしまっている。現代においては、ラッダイト運動は起こそうにも起こりようがない。

 第一、打ち壊すべきAIがどこにあるか、誰にも見えない。雲の中にあるのか、どこか人里離れたデータセンターの中にあるのか。おそらくあらゆる場所に分散しているのだろう。第二に、変化の速度があまりにも早く、人々は抵抗する間もなく、この波に飲まれていき、結局、産業革命の機械化と同じように、その利便性と経済性を受け入れざるを得なくなっていく。なので、私たちは、職業が無くなることを憂うよりも、そのことで軽減される労働力や人件費を、他の有益なこと(たとえば富や時間の再分配)に振り向けることをもっと積極的に考えるべきだろう。

 そして、一方、AIには決してできないこと、人間にしか行い得ないことを、今一度、はっきり見極めておく必要があると思う。東大入試の突破? これができるAIの登場は、まだまだ道のりが遠いようだが、この手の問題解決は、いつかはAIが成し遂げることなるだろう。なぜなら結局は、膨大なビッグデータの履歴の中から最適解を選び出してくればよいからである。

 ならば人間にしかできないこととは何か。この問いは、生命体にできて、機械にできないこと、と置き換えてもよい。

 まず第一は、自らを壊しながら、常にエントロピー(乱雑さ)を捨て続けることによって、バランスを保っているのが生命の特性であるということ。つまり動的平衡である。機械は、データを貯め込むだけで、自らを壊すことも、エントロピーを排出することもできない。すでに、データ検索が限定的にしか行えず、かつネットの中が炎上やゴミだらけになっていることは、AIの未来を暗示している。

 もうひとつ、生命の特性は、全く履歴のないことにも対応し、適応できるということだ。それゆえに環境の激変の中で進化し、生き延びてきた。なぜそれが可能になったのかといえば、生命にランダムな揺らぎと遊び、そして履歴のない二点を結びつける同時性が、本来的に備わっているから。これもAIにはありえない特性である。

◯福岡伸一(ふくおか・しんいち)
生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。1959年東京都生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授を経て現職。著書『生物と無生物のあいだ』はサントリー学芸賞を受賞。『動的平衡』『ナチュラリスト―生命を愛でる人―』『フェルメール 隠された次元』、訳書『ドリトル先生航海記』ほか。