メディアに現れる科学用語を生物学者の福岡伸一が毎回ひとつ取り上げ、その意味や背景を解説していきます。いわば「科学歳時記」。第3回は、生命科学における「三種の神器」を解説します。
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平成から令和への代替わり儀式の中継映像で初めて神器と呼ばれるものを見た。剣と勾玉(まがたま)の包みがうやうやしく運ばれていた(三種のうち、鏡は賢所[かしこどころ]のご神体なので持ち運べないとのこと)。天皇陛下ですら包みの中身を実見したことはないらしい。ひるがえって卑近なところでは、昭和の高度成長期、テレビ、冷蔵庫、洗濯機が三種の神器と呼ばれた頃があった。
さて、生命科学における三種の神器はなんだろう。私の考えでは、モノクローナル抗体、PCR、そしてゲノム編集技術、となる。
モノクローナル抗体は、標的となる生体タンパク質に結合できる特異抗体を均一に量産することを実現した。画期的ながん治療薬「オプジーボ」は、免疫チェックポイント分子を標的としたモノクローナル抗体である。PCRは、ポリメラーゼ連鎖反応。試験管内で、DNA断片を簡便かつ無限に複製する技術だ。これによって犯行現場から採取した髪の毛一本あれば、容疑者のDNA鑑定ができる。PCRなしに、DNA研究の進展はなかった。
そして近年、登場した秘密兵器がゲノム編集技術である。ピンポイントでゲノムの任意の場所の情報を書き換えることを可能とした。モノクローナル抗体とPCRの開発者はともにノーベル賞に輝いた。ちなみに、後者の発明者マリスは奇人として知られ、超面白い自伝がある(『マリス博士の奇想天外な人生』ハヤカワ文庫/キャリー・マリス著、拙訳)。
ゲノム編集の開発者ジェニファー・ダウドナとエマニュエル・シャルパンティエ(ともに女性科学者)のノーベル賞はまだだが、受賞は確実。今年の秋の発表が注目される。
◯福岡伸一(ふくおか・しんいち)
生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。1959年東京都生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授を経て現職。著書『生物と無生物のあいだ』はサントリー学芸賞を受賞。『動的平衡』『ナチュラリスト―生命を愛でる人―』『フェルメール 隠された次元』、訳書『ドリトル先生航海記』ほか。
※AERAオンライン限定記事