ワコレンジャーの男性は、まだバク転はできないが、側転は決まるように。「妻も応援してくれています。ショーの後、子どもたちと握手する瞬間が最高に幸せです」(連続写真を1枚に合成しています)(撮影/今村拓馬)
ワコレンジャーの男性は、まだバク転はできないが、側転は決まるように。「妻も応援してくれています。ショーの後、子どもたちと握手する瞬間が最高に幸せです」(連続写真を1枚に合成しています)(撮影/今村拓馬)
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 3月下旬の都内、夜の9時過ぎ。照明で煌々(こうこう)と輝くスタジオに、威勢のいい掛け声が響いた。

「いきます……1、2、ハイ!」

 ぐっとひざを曲げた男性が、勢いよく後ろに跳ぶ。くるりと宙を1回転する体。マットを離れた両足は、きれいな半弧を描いて少し後ろに着地した。

「そう! 今のすごく良かった。肩柔軟の成果が出てますね」

 マットの横で体を支えていた講師が感心すると、男性は顔をほころばせた。だが、すぐに元の位置に戻り、跳躍の体勢に入る。

 バク転を跳びたい。

 3年前、そう奮い立った男性は、この教室の門をたたいた。東京都板橋区の住宅街に、秘密基地のようにひっそりとあるアクション&アクロバットスタジオ。その名も「つばさ基地」だ。

 逆立ちすらままならなかった最初の頃に比べれば、見違えるほど体は動くようになった。しかしバク転は、まだ補助なしで跳べたことがない。

 いま、45歳。20代の頃のような体力がないことは百も承知だ。それでも、バク転を跳びたい理由があった。

 きっかけは4年前。たまたま妻と出かけた地域の祭りだった。

「ローカルヒーロー募集」

 そう書かれた貼り紙を見て、男性は思わず足を止めた。

 華麗なアクションで悪を倒す正義のヒーロー。子どもの頃、なりたいと憧れたが、多くの少年少女と同様、夢で終わった。

 大学卒業後、4回の転職を繰り返して現在の建設会社に就職。事務職員として働いてきた。

 運動神経が悪い自分には、ヒーローなんて無理。そう思っても貼り紙から目を離せなかった。

「もうすぐ人生も折り返し地点。なら、ここで一度チャレンジしてみるのもいいかって」
 ずっと先延ばしにしてきた「いつか」は、今かもしれない。

 思い切って応募し、埼玉県和光市のヒーロー「福祉戦隊ワコレンジャー」の一員に。会社員とヒーローの二重生活が始まった。

 与えられたミッションは、「障害者と一緒にヒーローショーを楽しむこと」だ。和光市では、“挑戦する使命を与えられた人”という意味を込めて、障害者を「チャレンジド」と呼んでいる。

「観客として楽しんでもらうだけじゃなくて、精神障害や身体障害の方にもスーツを着て一緒にショーに出てもらうんです」

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