さらには、がんの再発がないかなどを確認するため、毎月の検診で病院通いが続いている。高校受験の折には十数校に足を運び、障害に対する理解を求めたが、苦労が続いた。受験で満たさなければならない出席日数もギリギリだったため、「最後までヒヤヒヤしました」。

 15歳以下の子どもに発症するがんを総称して「小児がん」という。小児期につらい治療を終えても、後々までその影響が残る「晩期合併症」に苦しむ場合がある。その症状は実に多様だ。

 福岡県に住む樋口彩夏さん(29)は、中学2年生の時、骨盤にできた「ユーイング肉腫」により車いすの生活に。骨のがん細胞を抗がん剤と重粒子線で死滅させた後、あらかじめ採取しておいた自分の「末梢血幹細胞(血液をつくる細胞)」を戻す「自家末梢血幹細胞移植」も行った。

 一連の治療が終わって3年ほどで、排泄障害に悩まされた。多感な時期で外出するのが怖くなり、家でふさぎこんだ。やがて、うつ病にも苦しんだ。

 20代になり行政に関わるフルタイムの仕事に就いた。手だけを使って運転する技術を身につけ、車で通勤する。ところが4年前、骨盤の骨折で再び寝たきりの日々に。回復してからも車いすの自走ができなくなり、電動車いすに切り替えた。

 気づけば、小児科、放射線科、泌尿器科、整形外科……と、治療ごと、新しい症状が出るごとに受診する病院や診療科が増えた。4病院11科にも上る。晩期合併症の治療では、小児がん治療の記録が載る「治療サマリー」が情報源として役立つが、樋口さんは「小児科の主治医に4~5年催促して」やっともらえたところだという。(ノンフィクションライター・古川雅子)

AERA 2019年2月11日号より抜粋

暮らしとモノ班 for promotion
台風、南海トラフ地震、…ライフライン復旧まで備える非常食の売れ筋ランキング