取っ組み合いになり、テーブルの上にあったジョッキや皿などもぐちゃぐちゃになるほどの大ゲンカになったという。その後、周りにいた先輩らに引き離され、そのままタクシーに押し込まれ、帰宅させられることになった。
「当時は入学したばかりで、『バンカラとはこういうもの』ってとらわれていました。粋がってたんですよ。でも、バンカラって一種の反抗的な精神のことで、バンカラにとらわれてしまうと、それはもはやバンカラではないと思うんです。早稲田にはたまにいるんですよ、バンカラの犠牲者みたいな人が。そういうのを見ると、ちげーなって。まぁ、でもバンカラも人それぞれですから。いま思うと、自分は未熟だったなと」
なぜそんなにもバンカラ精神にこだわるのか。きっかけは、親戚の叔父の存在だという。叔父が早稲田大出身で、学生運動やヒッピー文化の名残がある1980年代前半のキャンパスの様子を聞いて育った。学ラン、学帽やロン毛のバンカラもいて、そんな混沌(こんとん)とした熱い学生が集まった早稲田に憧れるようになったという。
「叔父は東大に行ってもらいたかったみたいで、俺も東大を目指すような時期もありました。官僚や政治家を視野に入れた時期もあったんですけど、高校で自分について考えることが多くて。国のために、という気持ちもまだ持ってますが、もっと自分の人生を歩んだほうがいいな、と思うようになって。いろんな人が集まって、誰もが主役になれる早稲田に行きたいと思うようになりましたね」
取材では、男気あふれる話が止まらない山田さん。ごく一般的なキャンパスライフには興味はないのだろうか。たとえば、恋愛。女子たちから「バンカラ男」はどう見られているのか気になった。聞いてみると、少し照れながら「彼女はできたことない」と話す。どうやら、恋愛に興味がないわけではないようだ。
「片思いで終わることが多いですね。ポリシーとかではないですけど、『彼女を自分のものにしたい』と思ったら、それは愛ではないし、自分が好きになった時点で完結しているようなところがあって、片思いでいいかな、と……まぁ、本心は彼女がほしいんですけどね」