「そこどけ」とばかりに築地市場の寸前まで延びる環状2号線。かつて、大きな弧を描く市場棟では貨車による輸送が行われ、外側には船着き場があった(撮影/写真部・加藤夏子)
「そこどけ」とばかりに築地市場の寸前まで延びる環状2号線。かつて、大きな弧を描く市場棟では貨車による輸送が行われ、外側には船着き場があった(撮影/写真部・加藤夏子)
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 11月7日に予定されていた築地市場の豊洲への移転について、小池百合子都知事は8月31日、移転の延期を表明した。白紙撤回の可能性は──。

 普段、値切れば120万円で買えただろう冷蔵庫が、便乗値上げで200万円請求された。豊洲市場の店舗に必要な機材を揃え、引っ越し代などを加えると、合計約1500万円……。

 マグロ仲卸業者の吉野悦松(よしまつ)さん(79)は、力なく話す。

「蓋を開けてみれば、豊洲の店舗は築地より狭い。今ある設備を入れると座るところもなく、新たに買うしかなかった。間口も狭く、幅は1.5メートルもない。これではマグロを切る包丁すら使えない」

 周囲の了解のもと、通路などに荷物を置けた築地と比べて、豊洲は前後がシャッターで閉じられ、店の間も壁で仕切られる。数字以上の狭さになる。

 そのため、市場内では豊洲移転を機に廃業を決めた店舗の売買が行われている。その店に割り振られた豊洲の店舗を居抜きで買い、店を拡大するのだ。最高2500万円で売買されているという。

 漁港とダイレクトで売買する大手スーパーが現れるなど、流通構造が変わるなか、仲卸業界は厳しい状況にある。東京都が2009年に実施した都内の中央卸売市場の調査によれば、仲卸業者の約4割が債務超過の状況だという。移転を機に店をたたむところも多い。

 吉野さんも廃業を考えた。

 だが、跡を継いだ息子のために東京都から特別低金利で3千万円を借りた。息子に広い環境で働いてほしいと、廃業を決めた店を1500万円で買った。これに引っ越し代などを合わせて、借りた3千万円は消えた。

●アメ横の年末状態

 5月半ば、吉野さんはようやく豊洲市場の見学会に参加した。施設に入る前、都の職員から施設内を撮影しないよう注意を受けた。見学できたのも、競り場と駐車場だけ。

 事前に手続きし、実際に店舗を見た同業者に感想を問うと、

「監獄のようだった」

 吉野さんは言う。

「春ごろから店舗場所を決める抽選が始まり、頻繁に都の職員が市場に来るようになった。店舗の賃料も決まっていないのに、早く書類を揃えないと営業権を出せないと急かし、『いやなら来なくていいよ』という感じでした」

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