ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は猫のみなしご姉妹について。
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幼少のころから高校を卒業するころまで、家にはずっと犬がいた。サルやウサギがいた時期もあったが、猫には縁がない。猫が嫌いというわけでもないが、たまたまそうだった。
しかしながら、今回は猫特集ということだから、たった一月だけ猫を飼ったエピソードを書く──。
十数年前の秋、よめはんと将棋を指していたら、ミャーミャーと、か細い鳴き声が床下から聞こえた。
「なんや、おい、猫やな」
「仔猫(こねこ)みたいやね」
「まさか、床下で産まれたんやないやろな」
「見てきてよ」
「あかん、あかん。ハニャコちゃんが行け」
油断してはいけない。ちょっと眼を離したら、よめはんは駒を動かす。
将棋をつづけたが、鳴き声がやまないから、ふたりして庭に出た。懐中電灯で床下を照らしてみたが、猫はいない。鳴き声は聞こえる。はて、面妖な……。
家にもどって地下室に降りた。明かりを点(つ)けると、猫がよちよち歩いている。「はいはい、こっちおいで」手のひらにのせた。小さい。まだ眼があいたばかりだろう。三毛の仔猫はわたしを見あげてミャーと鳴いた。
親猫がいるかと部屋を探したら、スピーカーの後ろにもう一匹いた。白の仔猫だ。さっきから二匹で鳴き交わしていたらしい。地下室と床下のあいだに通風口があり、そこから入ってきたようだ。
「な、おかあちゃんはどうしたんや」
知らない、と耳と尻尾が三毛の白猫は鳴く。二匹は眼がくりっとした愛らしい姉妹だった。
牛乳を温めて、口もとにスポイトを近づけると、夢中で飲んだ。段ボール箱にバスタオルを敷き、使い捨てカイロを入れると、姉妹は寄り添って寝た。母親が探しているだろうと、箱を地下室においた。
次の日、ようすを見に行くと、親が来た形跡はなかった。かわいそうに、姉妹はみなしごだった。
動物病院に姉妹を連れていった。診察を受けて目薬をもらい、仔猫用のミルクと哺乳瓶を購入した。しばらくは猫のお父さんだが、うちにはオカメインコのマキがいるから飼うことはできない。