黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する (写真=朝日新聞社)
黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する (写真=朝日新聞社)
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※写真はイメージです (Getty Images)
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 ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回はペットのアウトレットについて。

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 昼、仕事部屋で飼っているサワガニの水を替えているところへ、よめはんがやってきた。「いまから“あ”のつくとこへ連れてったげる」という。

「あ、てなんや」「当ててみ。当たったら千円あげるし」「当たらんかったら、千円くれというんやろ」「そのとおりです」「あ、だけでは分からん」「あ、の次は“う”です」「法隆寺か、東大寺か」「それって、どういう発想?」「仁王門の金剛力士像や。阿形と吽形が対になってる」「あみだくじやね、ピヨコの頭は。あ・う、ときたら、次は“と”やろ」「アウトバーンか」「誰がドイツに行くんよ」「アウトサイダー。アウトレイジ……」「いい加減にしいや。分かっててまちごうてるよね」「アウトレットですか」「ピンポーン。正解です」「千円くれ」「三つもヒントをあげて、千円寄越せとは虫がよすぎるわ」

 よめはんに逆らうのは無駄だから千円は諦めた。

 年に一、二回行く『りんくうプレミアム・アウトレット』は、うちの家から阪和道と関西空港自動車道を走って約四十分だから、けっこう遠い。よめはんはわたしに運転させてご機嫌だが、わたしはアウトレットへ行っても買うものがない。なんでおれがショーファーをせないかんのや──、ぶつぶついうのを聞きとがめたよめはんが、「ピヨコちゃん、齢をとったら身ぎれいにしようね」「いまさら身ぎれいにしても齢はもどらん」「年がら年中、パンツ一枚で走りまわってたら、ひとに笑われるんやで」「冬はズボンを穿いとるわ」「またそうやって口答えをする」「千円くれ」「なんでよ」「運賃や」「はいはい」

 よめはんはほんとうに千円をくれた。あとが怖い。

 アウトレットに着いた。敷地は八万七千平米。二百もの店舗があるという。

 ブランドバッグ大好きのよめはんに引率されて、次々に店をまわった。あれがいい、これもかわいい、というたびに、よめはんはわたしを見る。「ね、買うてもいいかな」「好きにせいや」「でも、高いねん」「ほな、やめとけ」

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