ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は「文面傑作、フィッシングメール余話」について。
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朝日新聞土曜版の『be』に“みちのものがたり”というコーナーがあり、『「むかわ竜」発掘への道』という記事が掲載されていた。林の中にむかわ竜の小さいフィギュア(かなり精巧にできている)をおき、低い位置から撮影した写真に“発掘現場へ続く林道は、太古の営みを感じさせる。むかわ竜が今にも歩いてきそうだ。”とキャプションを添えている。
わたしは隣で卵かけごはんを食っているよめはんに写真を見せた。
「な、これ見てみ。“むかわ竜発見への道”やと」
「わっ、これなに」
「恐竜の子供らしい」
「かわいいやんか」
「飼うか。ペットで」
「大きぃなるんやろ」
「鹿くらいにはな」
「高いんかな」
「百万はするやろ」
「やめときや。飼うのは」
白亜紀の生きた恐竜が発見されたことに、よめはんは疑いをもっていないらしい。もうずいぶん前に亡くなったよめはんのおばあちゃんはテレビの『奥さまは魔女』を見て、「西洋のひとは魔法を使えるんやな」といっていたくらいだから、そのDNAを受け継いだのかもしれない。
ついこのあいだも、よめはんのパソコンにアップルからメールが来た。“24時間以内にあなたのアイデンティティーを確認してください。確認していただけない場合、アカウントは無効になります”というものだったから、よめはんは指定された記入欄に住所、氏名、メールアドレス等を書いていったが、パスポートナンバーやクレジットカードナンバーの記入欄があったことで、ようやく偽メールだと気づいたという。
その話を聞いて、よめはんにいった。
「あのな、いま現在、支障のないアカウントがいきなり無効になるて、そもそも話がおかしいやないか」
「だって、アップルの公式メッセージに見えたもん」
「どうしても個人情報を入力する必要があるときは、こっちからサイトにログインするのが常識やろ」
「マキちゃん、ほら、ピヨコが生意気いうてるよ」