器材を使って動体視力、夜間視力、視野を測定されたあと、実地講習に移った。受講者はぞろぞろと教習所のコースに出て、三人ずつ車(クラウンコンフォートだった)に分乗する。ひとりが運転、ふたりがリアシートに座って見学、指導員は助手席からドライバーにあれこれ指示をするシステマチックなルールだった。
ひとりめの運転は、あたりまえだが、わたしと同年輩のおばさんだった。普段は軽自動車ですといい、実地講習ははじまった。
おばさんは気の毒に、ずいぶん緊張していた。発進停止はギクシャク、車庫入れでは脱輪、一旦停止の交差点では標識を見落とした。そのたびにヒェーッとのけぞるから、わたしは笑ってしまい、おばさんも笑って、三人の受講生になごやかな連帯感と団結心が生じたのはなによりだった。そう、“ストックホルム症候群”とはこのことか。いや、ちがう。
ふたりめの小肥りのおじさんは、ここ二十年、ペーパードライバーだといったが、車庫入れにとまどっただけで、無事、コースを走り切った。おばさんとわたしは拍手して、おじさんは満足げにうなずいたが、その拍子にキャップがずれて、あわてて直していた。おじさんは頭髪関係が不満足なのだろう。
そうしてついに、わたしの順番がきた。日頃、大きいセダンを運転しているからコンフォートなんぞ大したことないと思いつつ、ちゃんと右ウインカーを点滅させて発進したのはいいが、S字カーブでの減速が遅れて危うく脱輪しそうになった。いまのはシャレでっせ、と指導員を見たら横を向いていた。気を取り直して、次の車庫入れへ──。
みごとに脱輪した。おばさんはフフッと笑い、わたしは呵々と大笑して、連帯感がいや増した。
※週刊朝日 2019年6月14日号