「相続」しない生き方が広がっている。財産の行く先を、思い思いにあらかじめ定める「遺贈」。逝くときには、身辺はスッキリさせておきたい。そんな選択に乗り出した人のいまを追う。
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眼鏡の奥の眼差しがやさしい。90歳を過ぎた林文子さんがカメラに向かい、穏やかに語りかけた。「自分から生み出した『ほかほか』って、与えられた『ほかほか』と違って、本当に幸せ」
一般社団法人「全国レガシーギフト協会」が、遺贈寄付を勧める記録映像の収録場面だ。林さんが温かな思いに包まれたのは、その遺贈を決めたから。
個人が亡くなったとき、遺言によって、財産の一部あるいは全部を民間の非営利団体や国、地方公共団体などに残す遺贈。それを進める意思を、公正証書遺言に残したという。
「将来私が残したお金が、若い人たちに使われていくっていうことを、徹底的に理解していればそれは喜びに変わるんじゃないか。何か役に立ちたいという希望だけで、それ以外何もありません」
高校教員だった。それだけに、若い世代の人への思いが強い。「自ら」の意思で、人の役に立ってほしいと願っている。だから先を行く者としてお手本を示したい、と思う。
「日本財団」には、2012年度には49件だった遺贈への問い合わせが、13年度は75件、14年度80件、15年度は150件と増えている。16年度には遺贈寄付専門の窓口「日本財団遺贈寄付サポートセンター」を設置。個別相談や遺言書作成のサポートに取り組むようになった。同年度の問い合わせ件数は1443件と激増した。
おひとりさまや、子どものいない夫婦も目立つようになった。東日本大震災以降、寄付に対する意識の高まりを受け、財産を「遺贈する」という選択肢が注目されるようになった。
特定非営利活動法人「国境なき医師団日本」が昨年6月、全国の20~70代の男女1200人を対象に行った「『遺贈』に関する意識調査」では、70代の8割以上が「遺贈」を認知していた。