医師の役割は入所者の病態を判断し、全身管理を行って長期的な療養を支えること。
「病院の外来に来る患者さんとは違って、ここにいる多くの入所者は症状を自分で訴えることができない。体調が悪くなると突然、いつもと様子が変わる。そんな人たちに対して、医師として何ができるんだろうと考えていました」(同)
そんなときにある光景を目にする。それは、週1回まわってくる当直の日のことだった。
療養所の医局にいると何やら外が騒がしい。行ってみると入所者が、自由にならない体を引きずったり、はったりしながら、自力で玄関に向かっていた。
「何が起こったのかとスタッフに質問しました。『今日はお母さんが来る日で、みんなここ(玄関)で待とうとしているんです』と、話すんです」(同)
毎週土曜日、家族が会いに来る。うれしくて、部屋では待てない。その気持ちが玄関で待とうという行動につながっていた。
「今日が土曜日だという理解さえ難しいはずなのに、お母さんが来る日はわかる。“心”に触れた感じがしました」(同)
このときの経験がきっかけで、障害者医療に関心を持つように。大学で研究し、論文を書くことより大事なことがあると、障害者に同行してアメリカやカナダなどを巡る活動を始めた。開業医として往診も始めた。
「普通に暮らしていたら朝が来て、夜が来る。日曜があり、月曜があり、四季があり、一年がある。しかし当時の施設ではスケジュールどおり時間が来たらごはんが出て、決められた曜日に風呂に入る生活。それではダメで、彼らを家に帰し、当たり前の暮らしを支えたいと思ったんです」(同)
それから四半世紀が過ぎ、医療の在り方は激変した。在宅医療への関心は高まり、病院から自宅に帰りたいという高齢者や障害者、その家族が増えた。
「これまでの医療が目指してきた“治す”という役割は、体の機能が落ちてきた高齢者や障害者にはなじまないことが多い。むしろ環境を変え、どのように生活と向き合うかが大事。治療を超えた解決法を示さないと、暮らしを支えられない」
太田医師は今日も自ら車を運転し、患者宅を回る。弱い人たちを支えるつながりが地域にできつつあると、手応えを感じている。
(本誌・山内リカ)
※週刊朝日 2019年3月1日号より抜粋