SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機さんの『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回のテーマは「権力の猫」。
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学生時代、新宿区内のマクドナルドでアルバイトをしていたことがある。
マクドナルドは完璧な作業マニュアルを備えている会社で、マニュアルさえ守ればどんな人間でも同じ味のハンバーガーを作れるようにできている。
それはそれですごいことだけれど、いくらマニュアルが優れていても店員がそれを守らなければ、味も衛生もモラルも崩れてしまう。
大センセイの店の店長は厳しくマニュアルを守らせようとする人で、二言目には「今度やったらファイヤー(クビ)だぞ」と言って、店員を脅かしていた。
山中さんという猫みたいな顔をしたマネジャーも同じ言葉をよく口にしたが、どこかマニュアル原理主義の店長を軽蔑している風があった。
山中さんは店長よりかなり年上の40格好で、H大学の空手部の出身だと言っていた。
「ヤマダ君、空手部って面白いところでね、先輩が『灰皿!』って言うと後輩がパッと掌を差し出すんだよね。そこに先輩が灰を落とすと、『ありがとうございました』って言って、そのまま灰をポケットにしまうの」
山中さんはこんな話を嬉しそうに、そしてやや自嘲気味に語るのだが、ご本人はまったく体育会的な人物ではなかった。
ある日、山中マネジャーと一緒にクローズ(店じまい)の作業をしていると、サンデー(アイスクリーム)の機械を掃除していたバイトの小林君が、バケツ満杯のサンデーを見せにきた。
実は、マクドナルドがアルバイト店員に対して最も厳しく戒めていたのが、店の商品に手を出すことであった。商品ごとに作ってからウエスト(廃棄)するまでの時間が決められており、ポテトなんて揚げてからたったの10分で本当に捨ててしまうのだが、たとえ廃棄するポテトであっても、一本たりとも口にすることは許されていなかった。