19世紀の初め、英国がフランスに対し西インド諸島やアジアのサトウキビ輸入の封鎖を行った。植民地時代の覇権を英仏で争っていた時代だが、英国は奴隷をアフリカからアメリカや西インド諸島に送り、そこで作られた生産物を英国本国に送り、武器や綿作物などをアフリカに送るいわゆる三角貿易を行っていた。フランスはその煽りを受けて、砂糖の原料が手に入らなくなってしまった。

 結果フランスは、砂糖の代替品としてテンサイを用いる。北フランスのリールではテンサイを使ったアルコール飲料が作られるようになったが、ビールやワインよりも製造過程での問題が多かったという。ちゃんとしたアルコール飲料にならず、酸っぱい飲み物になってしまうことが多かったのだ。

■テンサイでアルコール飲料を造ってほしいと頼まれたパスツール

 そこで、生産者のひとりであったビゴー氏は、リール大学の若き教授に対策を依頼する。その若き教授が当時33歳だった「ルイ・パスツール」だ。そう、微生物学史上に残る巨人の若き時代である。

 彼は元素組成が同じで構造が異なる異性体を研究していた。そして、「酒石酸」の光学異性体を発見した。酒石酸はワイン製造過程でも作られる酸の一種である。光学異性体の溶液に偏光を当てると、振動面の回転の仕方が異性体によって異なるのだ。後にこれは分子構造が鏡に映ったような関係、「鏡像」によるものだと判明した。パスツールは微生物学のパイオニアとして有名だが、最初は化学の研究で業績を上げていたのだ。

 テンサイによるアルコール飲料の生産を依頼されたパスツールは、テンサイの発酵で2種類のアルコール、光学異性体があることを発見した。パスツールはエチルアルコール分子の非対称性、光学活性といった極めて生化学的な探求と発酵という生命現象の間をとりもつ、現在的で言うならば「トランスレーショナル・サイエンス」に取り組んだのだ。

 パスツールは「ちゃんとお酒ができた樽」と「酸っぱくなって腐敗した樽」の中身をそれぞれ顕微鏡で見て比較した。レーウェンフックが発明した顕微鏡が、ここで活用されるのだ。学問の基本は「比較」でしたね、覚えていますか?

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