お酒ができた樽からはシュワンが観察した酵母だけが観察された。腐敗した樽からも丸い酵母は観察できたが、それだけでなく他の細長い微生物が観察された。桿菌(かんきん)と呼ばれる細長い細菌で、乳酸発酵が特徴の乳酸菌だ。が、パスツールは当初その仕組みを知らなかった。
繰り返すが、科学の基本は「比較」である。なぜAがAとなるのか。それは「Aではない」ものとAを比較して初めて可能になるのだ。ある樽でアルコール発酵が起きるのかは、なぜ別の樽ではアルコール発酵がうまく起きないのか、と比較すれば理解できるというわけだ。
■酵母はアルコールを発酵させ、乳酸菌はアルコールを腐敗させる
比較の結果、パスツールはお酒ができた樽で観察される酵母こそがアルコール発酵の主役であると仮説を立てた。アルコールができない樽においては、細長い菌が乳酸を作ってアルコールを腐敗させているとも考えた。
酵母→アルコール発酵
乳酸菌→アルコールを腐敗
この仮説を証明するため、パスツールは砂糖とミネラルをふたつのフラスコに入れ、一方にはアルコール発酵に成功した液体の沈殿物を、もう一方には酸っぱくなった失敗作の沈殿物を入れた。
その結果、前者ではエチルアルコール(お酒)ができ、後者ではできなかった。これにより、酵母こそがアルコール発酵の主役であるとパスツールは証明したのだ。
じゃじゃーん♪
同時に、この実験は乳酸菌がアルコール発酵を邪魔していたであろうことも示唆していたし、事実そうだった。
◯岩田健太郎(いわた・けんたろう)/1971年、島根県生まれ。島根医科大学(現島根大学)卒業。神戸大学医学研究科感染治療学分野教授、神戸大学医学部附属病院感染症内科診療科長。沖縄、米国、中国などでの勤務を経て現職。専門は感染症など。微生物から派生して発酵、さらにはワインへ、というのはただの言い訳なワイン・ラバー。日本ソムリエ協会認定シニア・ワインエキスパート。共著に『もやしもんと感染症屋の気になる菌辞典』など