SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機さんの『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回のテーマは「子育てで気づいたこと」。
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子育て経験のある人ならうなずいてくれると思うが、わが家で子供を注意するときに一番多用する言葉は、「前を向きなさい」である。
もちろん、当節流行のポジティブシンキングやら前向き思考といったものとは無関係の、物理的かつ具体的な「前を向きなさい」だ。
子供の年齢にもよると思うが、大センセイ、日に10回はこの「前を向きなさい」を口にしている。特に昭和君が自転車に乗るようになってからは、
「前を向きなさい。ほら、車来たから、前向いて。前向けってば、前!」
などと、あたかも「前」という日本語を覚えたての外国人留学生のごとく連呼しているのである。
では、栄えある第二位は何かといえば、たぶん、「ちゃんとしなさい」で決まりだろう。これは単独で使われるよりも、「ちゃんと+○○しなさい」という複合形で使われる場合が多い。
たとえば、「ちゃんとご挨拶しなさい」とか「ちゃんとお返事しなさい」とか「ちゃんとお座りしなさい」とか「ちゃんと貸して言いなさい」とか「ちゃんとありがとう言いなさい」とか、ちゃんとお箸、ちゃんと靴下、ちゃんとズボン、ちゃんとハンカチ、ちゃんとお野菜、ちゃんとウンチ、ちゃんと、ちゃんと、ちゃんと、ちゃんと!
大センセイ、「ちゃんと」を日常生活のさまざまな行動、言動、習慣、礼儀、衛生にひっつけて、のべつ幕なしに昭和君を叱りまくっている。「ちゃんと」を口にしない日なんて、一日もないほどの勢いなのである。
しかし、ちょっと立ち止まって「ちゃんと」について考えてみると、とたんに深い霧の中に迷い込んだような気分になってしまう。
「わが子にちゃんとしろなどと言いながら、いったいお前はちゃんとした人間なのか。さっき、机の下に落としたピーナッツを、『三秒ルール、セーフ』なんて独りごとを言いながら口に放り込んだではないか。今朝の散歩の時だって、車が来ないからって赤信号で横断歩道を渡ったじゃないか」