ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られるジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏。米国次期政権の重要ポストに、選挙中トランプ陣営の広報機関のような役割を果たしたネットメディアの運営責任者が就くことの危険性を指摘する。

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 トランプ次期・米大統領の政権移行チームの人事が話題を集めている。家族を軒並み採用したことも異例だが、それ以上に衝撃を与えたのは、首席戦略官と上級顧問に選対最高責任者を務めたスティーブン・バノン氏を抜擢(ばってき)したことだ。

 バノン氏は、投資銀行ゴールドマン・サックスや映画プロデューサーを経て、保守系ネットメディア「ブライトバート・ニュース」の編集主幹となり、同サイトを大きく成長させた立役者。選挙戦中、ブライトバートはトランプ陣営の広報機関のような役割を果たし、トランプ候補に否定的な共和党主流派を激しい言葉で糾弾した。トランプ当選という政治的な目的を達成するためには、デマを流すことも厭(いと)わず、女性嫌悪や人種差別を垂れ流す記事でもアクセスを伸ばしている。非常に問題の多いサイトなのだが、重要なのは、その運営責任者が幹部として新政権の中枢に入ることになったということだ。

 大統領選を巡っては、ネットを中心に様々なデマや陰謀論が飛び交った。中でも衝撃的だったのは、BuzzFeedによって明らかにされたマケドニアの10代の少年グループたちの動きだ。広告収入を得る目的で140以上ものデマニュースサイトを立ち上げ、極端で偏ったニュースを流していたことだ。

 
 かねてより筆者はネットで起きる「炎上」とは、義憤に燃えた人と、愉快犯と、ビジネスとして煽(あお)るメディアの三者が自然とネット上でコラボレーションすることで起きる現象だと説明しているが、トランプの大統領選挙でも同じ構図が見て取れる。

 テレビや新聞などがトランプ不支持を表明しても、トランプはそれすら「悪名は無名に勝る」とばかりに極端な発言を続け、フォロワーが1500万人を超える自らのツイッターや、ブライトバートなどを通じて自らの主張を続けた。既存メディアはトランプの発言やツイッター、ブライトバート記事の事実誤認やデマを指摘したが、そうした情報はほとんどネットで流通しなかった。今回の大統領選が示したのは、流された情報が「正しいかどうか」はソーシャルメディア上ではあまり顧みられないということだ。重要なのは情報の正否よりも、それが拡散するかどうか、扇情的な情報であるかどうかにかかっている。トランプは大統領になってもツイッターを継続する宣言をしている。世論を形成する上で十分な力になっていると感じているのだろう。

 トランプは選挙戦で「テレビや新聞はうそばかり報道する」と既存メディアを攻撃した。多くの支持者がそれに同調したのは、マスメディアがこれまでネットを下に見てきたことと無関係ではないだろう。事実に重きを置く社会から、プロパガンダが大手を振る時代に変わろうとしている。メディアによってそれが引き起こされているのなら、それを止めることができるのもメディアであるはずだ。ジャーナリズムには踏ん張ってほしい。

週刊朝日 2016月12月2日号