暴走を始めたAを止める手段はないのか。米国では、犯罪者が自らの犯罪を商業的に利用し、印税収入などを得ることを防ぐ「サムの息子法」がある。
日本でも、『絶歌』が刊行された後の7月に、Aが起こした事件の遺族らが、日本でもサムの息子法の制定を求める意見書を自民党などに提出している。陳情を受けた自民党の司法制度調査会犯罪被害プロジェクトチーム座長の鳩山邦夫衆院議員は、こう話す。
「ご遺族の心情を思うと出版差し止めのルールがあってもいいと感じるが、現実的には『表現の自由』との兼ね合いもあって難しい」
そして気になるのは、再犯の恐れはないのか、だ。
AはHPで<『絶歌』を書くにあたって、僕は“或る人物”の存在を強く意識していた。同郷の“異”人、『佐川一政』である>と記していた。
佐川氏は1981年にパリで女性を殺害し、その人肉を食べ、逮捕されたが、精神鑑定で「心神喪失状態」と判断され、不起訴となった。帰国後には作家になった人物だ。Aはその憧れを延々と綴っていた。
「HPに掲載された画像を見る限り、再犯に及ぶような精神状態ではないように思えるが、孤独に苦しんでいるのではないか。自らの写真には、彼が母親の胎内でうずくまっているようなものがあります。これは精神が逆戻りして赤ちゃんに戻ろうとする『退行』の現象です。『絶歌』が期待したほど世の中に受け入れられなかったと思い、不安定になっているのではないか」(杉本氏)
Aの両親の代理人の弁護士はこう話す。
「『絶歌』を読んだ両親は、被害者遺族の方々のお気持ちを考えると、本当に申し訳ない、と困惑していた。一刻も早くAと連絡をとり、自分たちの気持ちを伝えたいと考えていた矢先に、Aがこのような形で手紙とHPを公表してしまった」
制御不能となったAは、この先どうなるのか。その行方は誰にもわからない。
(本誌・西岡千史、牧野めぐみ)
※週刊朝日 2015年9月25日号