東急田園都市線「高津駅」から歩いて数分のビルの一室。ドアを開くと石鹸のような香りが優しく漂う。玄関にはパンプスやブーツ20足以上が散乱し、室内から子どもたちが駆け回る足音や赤ちゃんの声が聞こえる。保育園のように慌ただしいが、どこかホッとする生活感も入り交じる、不思議な雰囲気だ。

 ここ、川崎市高津区にある「ペアレンティングホーム高津」は母子家庭7世帯15人が共同生活するシングルマザー専用のシェアハウスだ。2012年3月にオープン。母親は最年少が26歳で、だいたい30代半ばが多い。8人いる子どもたちもゼロ歳児から小学2年生までと幅広い。

 八つの個室はそれぞれ6畳前後の広さだ。キッチンと居間を兼ねた30畳には、大画面の液晶テレビが鎮座する。子どもたちがボール遊びもできるほどのバルコニーは50平方メートル。個室以外はすべて共用スペースだ。

「私と似た境遇の人ばかりで、帰ってくれば誰かが『おかえり』と言ってくれる。精神的にも肉体的にも余裕が生まれたせいか、娘の表情も柔らかくなったんです」

 そう語るのは昨年3月に入居した、6歳の娘がいる女性会社員(41)だ。実は2年前、シングルマザーだった同僚に付き添い、この施設を見学した。その後、自分も夫との関係が悪化して離婚。入居の決め手は生活の利便性に加え、防犯を含む“安心感”だったという。

「母子家庭に対する一般的なイメージは『暗い』『大変』。私自身も娘と2人きりになった途端、遠くの親にも頼れず、不安で押し潰されそうでした。子ども相手に弱音を吐けず、込み入った話もできなくて……。でも、ここは賑やかで華やか。ママ同士が協力して子どもの世話をし、週末になれば女子会もある。とても楽しいんです」

 さらに「チャイルドケアシッター」と呼ばれるスタッフが週2回、午後5時から4時間滞在し、玄米菜食の夕飯を作ったり、子どもを風呂に入れたりしてくれる。

「私が仕事で忙しいときには、子どもを迎えに行ってもらったり、寝かしつけてくれたりするので、心置きなく残業ができます。体に良い食事もとれる。私はここで“心のリハビリ”をしながら、少しずつ元気になっていったと実感しています」

 この施設を含め、東京と神奈川の4カ所で母子家庭15世帯が入居する「ペアレンティングホーム」を企画運営する1級建築士の秋山怜史さん(33)が言う。

「シングルマザーにとって、子育てと仕事の両立は非常に難しい。保育や働き方は少しずつ制度が整ってきているが、住まいの面からの支援が圧倒的に足りていないんです。建築士として、もっと働きやすく楽しく子育てができる住環境をつくりたいと国内で初めて開設しました」

 国の調査によると、11年度の母子家庭は123.8万世帯で、平均年収は223万円。世帯数が増え続ける半面、経済的な厳しさは依然として続く。

 ちなみにペアレンティングホームの家賃だが、前出の会社員は月々6万5千円払っている。そのほかに洗剤やトイレットペーパーなどの消耗品、光熱費やチャイルドケアシッター代を合わせた共益費が2万5千円かかるので、毎月総額9万円ほど。会社員は「すごくお得で助かっている」という。

 こうした大手企業などで働くキャリアウーマンが複数入居する一方で、パートで生計を立てている人もいるが、行政主体の母子寮やシェルターのように生活保護を受けている家庭はないという。

「私たちの理念はあくまで『子育てと仕事の両立を手助けする』。なので、出産前から暮らしていた人もいるし、離婚を決心しながらまだ成立していない人でも受け入れています」(秋山さん)

 過去には、ここで暮らして以降、さまざまな面で余裕が生まれ、アルバイト一色の生活から抜け出し、専門学校に通って資格を取得したケースもあるという。

週刊朝日  2014年10月31日号より抜粋