加齢やスポーツなどによってすり減り、痛みが出る膝の軟骨。進行すると日常生活に支障がおよぶほどの激痛になるため、悩む人は多い。さまざまな治療法があるが、いま期待が寄せられている最新技術が、軟骨を修復する再生医療である。

 新潟県在住の製造業の会社員・井口恵美さん(仮名・31歳)は、社会人バスケットボールチームの選手でもある。約3年前から、バスケットボールをした後、右膝に痛みと腫れが出るようになった。2カ月後、病院を受診すると、MRI(磁気共鳴断層撮影)検査で膝のお皿の骨である膝蓋骨(しつがいこつ)の軟骨損傷を疑われた。

 軟骨とは、膝などの関節内の骨と骨の間にあり、関節の動きをなめらかにし、衝撃を和らげるクッションの役割を果たしている。加齢などによりすり減るものだが、球技などの激しいスポーツでは特にすり減りやすいといわれている。骨のように血液が通っていない
ため、軟骨は一度すり減ってしまうと、自然に修復することがほぼない。ここが、骨折しても再びつながる骨との大きな違いだ。

 井口さんはその病院で、「マイクロフラクチャー」と「ドリリング」という手術を受けた。骨に穴を開けて、骨髄から血液の流れ道を作ることで細胞を誘導し、軟骨修復を図る方法だ。術後3カ月からランニングを開始し、術後1年で競技へ復帰した。

 しかしその1年後、特に外傷はないものの、今度は逆の左膝に痛みと腫れを感じ、再度受診。MRI検査によって太ももの骨の膝部分の軟骨損傷と診断された。今回は損傷が大きく、競技中だけでなく階段を上り下りするときにも痛むようになり、競技を続けたい井口さんは途方にくれていた。そんなときインターネットで調べていてたまたま知ったのが、広島大学病院整形外科教授・スポーツ医科学センター長の越智光夫医師が手がける、自家培養(じかばいよう)軟骨だった。

 自家培養軟骨とは、患者自らの軟骨を採取して体外で細胞を培養させ、それを移植する技術で、再生医療の一つである。自らの細胞を使うため、安全性が高いとされている。

「自家培養軟骨は、1996年に私が世界で最初に臨床応用した技術です。当時、海外では既に液状の軟骨細胞を欠損した部分に注入する技術が開発されていましたが、液状ゆえに細胞が縫い目から漏れ出る欠点がありました。そこでしわ取りなどに使われるアテロコラーゲンに混ぜて培養させ、薄いゼリー状の培養軟骨を作るのに成功したのです」(越智医師)

 井口さんは「この治療を受けたい」と思い、2012年に同病院を訪ねた。

「自家培養軟骨は、開発から長い年月を経て、13年4月から膝のスポーツ外傷である外傷性軟骨欠損症、スポーツなどで関節に繰り返し力がかかって発症する離断性骨軟骨炎を対象として、保険適用になりました」(同)

 ちなみに、高齢者に多い変形性膝関節症(へんけいせいしつかんせつしょう)による軟骨の損傷は、対象とならない。

 保険適用は井口さんにとって願ってもない朗報だった。外傷性軟骨欠損症であり、保険適用となる条件の軟骨欠損の大きさなどをクリアしていたからだ。越智医師から説明を受けた井口さんは、これを受けることを決断。今年、越智医師が膝軟骨の一部を採取した。

 越智医師は、それを愛知県蒲郡市の医療メーカー「ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(J―TEC)」へ送った。越智医師が技術を提供している民間企業で、自家培養軟骨「ジ
ャック」として製造・販売の認可を得ている。ここで、軟骨組織から細胞を分離し、培養して増やし、培養軟骨を作製する。培養には4週間が必要だ。

 井口さんは採取から約4週後、自家培養軟骨移植術を受けた。越智医師は井口さんの軟骨欠損部に合わせて形を整えた培養軟骨をはめ込み、すねの骨から採った骨膜を縫い付けてふたをした。

 現在は術後1カ月。一般的に移植の際には1カ月半入院する。井口さんが術前に悩まされていた痛みは大きく改善し、日常生活には支障なく過ごしている。現在は競技復帰を目指しながら、リハビリテーションに励んでいるという。

「多くの患者さんが、ほとんど痛みなく改善しています。臨床研究段階だったころからの患者さんを含めても、大きな問題は起きていません」(同)

 この技術は全国に広まり、規模の大きな病院の整形外科を中心に、全国の61施設で受けることができるようになった(14年5月現在)。その施設は、J‐TECの公式サイトで確認することができる。

週刊朝日  2014年6月13日号より抜粋