本誌記者の山本朋史(62)が連載中の認知症早期治療の実体験ルポ。東京医科歯科大学病院精神科で脳内の様子を専門医が説明したが、それでも不安が残る記者に医師は「認知力アップデイケア」を勧めた。
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朝田隆医師は、ぼくが手先の器用さとか、敏捷性とか、肉体的な部分が衰えているかもしれないと最初から考えていたようだ。仕事に集中しているときは問題ないが、平常時にしばしば注意力が散漫になることがありませんか、と言われた。まさにその通りである。
「筑波大学附属病院で毎週2回行われている認知力アップトレーニングに参加してみますか。筋力トレーニングで胸の筋肉がピクピクするまで体力回復して、それによって認知力がアップしたケースもあります。そのほか、芸術、特に絵画や音楽で認知力アップするケースも実際に見られています。今は『アタマ倶楽部』という頭脳力アップのゲームを使ったり、いろいろなトレーニングをしています。料理のトレーニングも最近加えました。認知症の心配をされている患者さんたちの真剣なトレーニングを一緒にやれば、とても勉強になると思います」
もともと筑波大学附属病院で勤めている朝田医師はこう助言をしたうえで、
「山本さんは、どこまで本気で自分の病状を調べるつもりなのですか。認知力アップトレーニングを何回かやって、そのうえでβアミロイドがどれくらい増えているか新しい機械で調べるまで徹底的にやりますか」
ぼくは本気である。通常の仕事をしながら、そこまでできるかわからないが、脳細胞を壊すβアミロイドが増えることがアルツハイマー病の本当の原因だとすれば、現在、自分のβアミロイドがどれくらい増えているのかまでは検査したいと思っていた。それを調べる機械は日本には2台しかないという。そのPET‐MRIの検査は保険適用がされない。12万円くらいかかると言われている。
ぼくは朝田医師に、ここまで調べたら、認知症というか「もの忘れ外来」体験ルポを同時進行の形で、恥ずかしながら週刊朝日に書きたいと思っていることを打ち明けた。
ぼくも含めて「もの忘れ」の現実を直視しようとしない患者が多い。ヘンだな、と思いながらも、自分だけは認知症にはならないはずだと言いきかせる。
少しでも心配している人が気安く診断に来られるよう、わかりやすく記事を書きたいという思いが膨らんでいた。ぼくは言った。
「とにかく、朝田先生の提唱で実現した筑波大学附属病院の認知力アップトレーニングにまずは参加したいと思います。ある雑誌で若年性の軽度認知障害(MCI)のほうが、トレーニングに参加して大きな効果があったという実例を読みました。どういうものか迷惑にならないように参加して、状況をみたいと思います」
筑波大学の認知力アップデイケアは2013年4月から始まったそうだ。東京から筑波まで通うのは大変だが、3カ月から半年は参加したい。月曜と水曜日の週に2回(4月からは火曜日と水曜日と金曜日の3回)。筑波大学附属病院の730病棟で行われる。
日程を調べてみると、いちばん早く行くことができるのは2月3日、月曜日の節分の日だった。
最初は見学という形で参加してくださいと朝田医師から提案された。ぼくには、一抹の不安があった。雑誌記者が真剣に認知症の「ケア治療」に参加して、周りの人からは、どのように見られるか。もうひとつは自分が、仲間の患者さんの中に積極的に溶け込んでいけるのか。すると、朝田医師の助手のKさんが、「私もその日は認知力アップデイケアに出ていますから大丈夫です。その日は体力検査などもあると思います」と言ってくれた。
認知力アップデイケアは午前9時から昼を挟んで午後3時半まで行われる。筑波という場所を考えると一日仕事だ。いや、仕事と思ってはいけない。あくまで「患者」なのだから、まる一日トレーニングを受けることになる。
実際に参加すると、まさに大仕事だった、ぼくの考え方の甘さがすぐにわかった。
※週刊朝日 2014年5月9・16日号より抜粋