その他にも、遺失物の問い合わせは後を絶たない。なかには、「スーツケースが破損している」という苦情も寄せられる。輸送は陸送などで別会社を経由したり、複数の航空会社を乗り継いでいるケースもあるため、そのほとんどはANAの過失によるものではないという。だが空輸の過程で生じた破損であれば、代用のスーツケースを渡したり、場合によっては弁償することもある。壊れたスーツケースがどの程度の金額かは、見た目でおおよそ見当がつくという。彼らの仕事の大部分はトラブルへの対応なのだ。
華やかなイメージが強い空港で、手荷物センターの仕事は辛いことの連続に思える。この部署に異動して1年半の黒宮さんも、「当初は戸惑いと不安があった」という。だが、「手荷物や遺失物にも、お客様の思いが詰まったそれぞれのストーリーがあるんです」と今ではこの仕事の奥深さを感じている。
今も心に残っているのは、「財布を空港に忘れた」という30代女性からの問い合わせだ。女性から「新千歳空港まで財布を送ってほしい」と依頼された。財布はすぐに見つかったが、通常は着払いでの郵送で、すぐには対応できない。一度は断ったが、女性には事情があった。
「『嵐のコンサートがあるので、財布に入っている身分証明書がないと入場できなくなってしまう』とのことでした。郵送で送れば数日はかかります。お客様に同意を得て財布の中をみると、確かにコンサートのチケットが入っていたので、特別対応にて空輸で新千歳空港までお届けの手配をしました」(黒宮さん)
午前9時半の問い合わせから女性の手元に財布が届くまでわずか2時間ほど。マニュアルにない難しい判断だったが、社内ではこのようなマニュアルを超えた特別対応を「ANA’s Magic」と呼び、乗客によりそった対応を日々心がけている。
「後日、お客様が成田空港の窓口までお越しになり、菓子折りと感謝の手紙をいただきました。遺失物は見つからないことが多いのですが、無事、お客様のもとにお渡しして喜んでくださるときが、この仕事のなによりのやりがいなんです」
淡々と仕事をする手荷物センター。その仕事ぶりが、日本のおもてなしを支えていた。(AERA dot.編集部/井上啓太)