古代ギリシアの「医聖」ヒポクラテス(BC460年ごろ~BC370年ごろ)は「医学の父」と呼ばれているが、その治療法の殆どにワインが関わっていたという。彼はワインを解熱剤として用い、消毒薬として用い、利尿薬として用い、疲労回復剤として用いていた。
確かに、ワインを飲めば体表の血管が拡張して体温は下がるかもしれない。若干の解熱作用はあったかもしれない。アルコール消毒は現在でも使われているし、アルコールの利尿作用はたしかにある。
多くの人が酒を飲んだあと疲労が回復した感じがし(「疲労」は主観なので、主観的によくなっていればそれでいいのだ)、そのためにサラリーマンは仕事が終わると「一杯やって」となる。ヒポクラテス、なかなか理にかなったワインの活用をしているとぼくは思う。
『ワイン物語』には、ヒポクラテスのワイン使用法も引用されている。実に面白い。「口当たりのよい赤ワインには水分が多く、腹の張りを起こし、大便として排出されるものが多い……苦い白ワインは喉を渇かさせずに人の体を暖め、大便よりも尿としてよく排出される。
新しいワインは古いワインより大便となりやすい。なぜなら、発酵前のブドウ果汁に近いために栄養分が多いからである……。ブドウ果汁は腸内にガスを発生させ、腸を刺激して排便を促す」。ヒポクラテスは、ワインを便秘の薬か整腸剤みたいに使っていたのだろうか。
ほかにも、ワインを温めすぎず冷やしすぎないよう、といった細かな指示を与えていたようだ。冷やしすぎた白ワインを飲みすぎると体によくない、みたいなコメントもしている。
彼のワイン使用法を見ていると、貝原益軒の「養生訓」を思い出す。現在では漢方や鍼灸を使う東洋医学と、ハイテクな西洋医学は全く別物という印象だ。が、私見だが、近代医学以前の時代において、医学は東洋も西洋もだいたい同じようなフィロソフィーで提供されていたのではなかろうか。
ローマのプリニウス(22頃-79)は、博覧強記の博物学者だ。ワインに植物を付ける、現在でいうところのベルモットの祖先のようなものに言及している。どうもギリシア人が香料、ときに海水(!)をワインにつけて飲んでいたようで、このようなワインの飲み方は「ギリシア風」と呼ばれていたそうだ。プリニウスは海水を加えたワインがお嫌いで、「海に捨ててしまえ」と言ったとか。まあ、ぼくもプリニウスに同意見だ。