韓国の地方都市で目にする光景によく似ていた。韓国はキリスト教徒が多い。人口の3割ほどだという。韓国でキリスト教徒が一気に増えたのは、太平洋戦争後のことだ。韓国に駐留したアメリカ軍の影響もあったようだ。キリスト教のなかでもプロテスタントが広まっていく。日本統治時代、韓国では次々に神社が建てられていった。しかし韓国の人々にとって、日本の神道へのなじみは薄い。仏教は儒教の圧力のなかにいた。その宗教環境がキリスト教になびかせていく。専門家にいわせると、韓国のキリスト教は、新興宗教の役割も担ったという。
台湾のキリスト教はアイデンティティーの世界だった。日本時代、台湾を統治する日本の出先機関である台湾総督府は、先住民へのキリスト教の布教を禁止する。それが日本敗戦後に解禁。一気にキリスト教が浸透していく。布教活動を担ったのはアメリカやカナダだった。そのなかでカナダ人のディクソン牧師の存在が大きかったという。
そこには先住民が抱える不安定さが潜んでいた。多数派である漢民族への対抗意識もあっただろう。タイヤル族、アミ族、タロコ族など多くの先住民が入信していく。こうして彼らは、自分たちのアイデンティティーをキリスト教に求めるのだ。
台湾の先住民の村で、彼らの村には似合わない立派な教会を眺めると、おさまりがつかないものが込みあげてくる。それだけ彼らの置かれている環境が過酷だったのか。
暗い村で輝く十字架は、そこだけが浮きあがっているようにも映る。