古賀茂明「石破茂氏との政策討論を避ける安倍総理の姑息な総裁選戦術」

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著者:古賀茂明(こが・しげあき)/1955年、長崎県生まれ。...

 自民党総裁選挙が盛り上がらない。安倍晋三総理と石破茂元防衛相の事実上の一騎打ちになることがほぼ確実になっているが、伝えられるのは、「安倍一強」の話ばかりだ。

【9月の自民党総裁選で一騎打ちになりそうな石破茂元幹事長と安倍総理】

 しかし、考えてみると、これはおかしなことだ。自民党総裁選は形式上は自民党という一つの政党のトップを決めるだけの選挙であるが、実質的には、これから3年間の総理を決める選挙であると言ってもいい。次の衆議院選挙までは、よほどのことがない限り、今回の総裁選の勝者が総理を務めることになるからだ。

 だとすれば、十分な時間を取って、これから3年間の政治の進め方について、候補者が議論を戦わせ、自民党員のみならず、広く国民に周知したうえで投票を行うべきだ。それについて異論を唱える者はいないだろう。

 しかし、石破氏が8月10日に正式な出馬表明をしたのに対し、安倍総理は、この時期に至っても「夏休み」と称して、総裁選出馬さえ明言せず、ひたすら総裁選に焦点が当たるのを避けているようだ。唯一の例外は、総裁選のテーマとして、憲法改正を中心にしようという意図で、秋の臨時国会に自民党の憲法改正案を提示していくべきだという点だけは「夏休み」前に表明している。マスコミは、それしか材料を与えられていないので、あたかも総裁選の中心テーマが憲法改正であるかのような報道を行っているが、その他の論点については、ほとんど何も報じていない。このまま行くと、政策論争がないまま派閥の論理で親安倍と反安倍に色分けされた勢力図のまま、8月下旬の安倍総理の正式出馬表明から1カ月にも満たない短期間で、政策論なき総裁選で終わってしまう可能性が高いのではないかと思われる。

■総裁選も「恫喝」で支持を固める安倍総理

 本来、今回の総裁選のテーマは、これから3年間の政治のかじ取りに関する議論と併せて、これまでの安倍政治の総括についても論じられなければならないはずだ。

 第二次安倍政権の政治を総括して、その最大の特色を言えと言われれば、何よりも「恫喝」による恐怖政治ということになるのではないか。今回の総裁選もその特色が非常にくっきりと出ている。来年の参議院選挙の公認問題や総裁選後の党・内閣の人事で、安倍総理に反旗を翻した派閥や個人は徹底的に干し上げるという「噂」が永田町に広まっている。安倍総理の性格は、執念深く残酷だということは、ここ数年の経験で誰もが「正しく」認識している。人事、選挙での徹底的冷遇という「噂」を流せば、派閥の領袖は、総裁選後の論功行賞で少しでも優位に立とうと、こぞって安倍支持に流れるはずだという計算。まさに「恫喝」政治そのものだ。



 安倍総理にとっての今後の総裁選の闘いは、孤立して圧倒的少数派となった石破派を完膚なきまで叩きのめし、完全に干し上げて崩壊に追い込むこと、さらには、それを党内への見せしめとし、石破派以外の議員に対して、その後の政権運営への絶対服従を誓わせるためのものとなるはずだ。その思惑通りに進めば、7月29日付本コラム「圧勝間違いない安倍総理が目指す総裁4選と“皇帝”への道」で述べた通り、安倍一強から安倍独裁、そして、総裁選ルールの改定による4選、最後は「皇帝」安倍晋三への道も開けてくる。安倍総理やその側近たちの頭にはそんな妄想さえ宿っているかもしれない。

■総裁選は「まやかし」で本格論戦を回避

 安倍政治のもう一つの特色は「まやかし」である。ごまかし、いんちき、にせものと言い換えてもいい。嘘をつくことは日常茶飯事である。また、正面から嘘をつくわけではないが、本質的な争点を隠し、ぼかし、あるいは、すり替えるという少し高等テクニックの「まやかし」も多用される。

 前述したとおり、総裁選の大きなテーマとして、過去5年間の安倍政治の評価というものがあるはずだ。例えば、アベノミクスの最大の目的であるデフレ脱却について言えば、5年半経ったこの6月でも、消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)で前年同月比わずか0.8%上昇だ。しかも、その上昇の大半は原油価格の高騰によるものでエネルギーも除けば、0.2%とほとんど横ばい状態。しかも、ニッセイ基礎研究所の調査によれば、世帯主の年齢によって年代ごとの支出品目や支出額を加味して各年代ごとに物価上昇率を算出すると、世帯主の年齢が60歳以上の世代にとっての物価上昇率は、39歳以下の世代にとって物価上昇率の約1.5倍になるという。つまり、物価は全体としてはほとんど上がっていないのだが、上昇分の打撃はほとんど高齢者に集中しているというわけだ。これは、完全な政策の失敗と言っていいだろう。 アベノミクスの失敗は、世界における日本の経済的地位の大幅な下落に最も端的に表れている。国の豊かさを示す代表的な指標である一人当たりGDPでは、2017年の最新版で日本は世界で25位。G7メンバーと言っても、もはや途上国と紙一重のところまで落ち込んでいる。アジア中東に限ってみても香港やイスラエルにも抜かれて6位。世界9位に上昇しているシンガポールには絶対に追いつけないくらい離されてしまった。


 安倍政権の強みと言われる外交でも、日本にとって最大の貿易相手国である中国との関係は最悪のまま。ここにきて安倍総理の10月訪中という話も出ているが、これは、米国との対立で苦境に立つ中国が日本をうまく利用できないかと考えているというだけのことだ。

 蜜月関係を誇っていたトランプ大統領にも、TPP脱却から始まり、鉄鋼アルミ製品への追加関税、さらには、自動車追加関税の脅しもかけられ、総裁選後には、いよいよFFRという新たな通商の日米二国間協議に引きずり込まれる見込みだ。もちろん、その行方は、TPPより厳しい内容になることは避けられない。こうした貿易上の不利益を必死に回避するために繰り出していた米国製武器の「爆買い」は全く効果がなかったことが証明され、今後はFFRでの譲歩を最小限にするためにさらなる「爆買い」を強いられることも確実だ。

 北朝鮮問題でも、反北朝鮮キャンペーンの先導役を気取ってはしゃいでいたら、それが裏目に出て、非核化交渉では韓国が主役で、日本は全く相手にされず蚊帳の外。今後は、莫大な戦後補償と引き換えに口をきいてもらえるかどうかという状況だ。

 こうした内政外交の失敗も、安倍政権の「まやかし」によってほとんど議論の対象にならない。「まやかし」をする者にとって、最も危険なことは、議論によってそのウソがバレることである。それを避ける最善の手段は、都合の悪い話については、「議論を避ける」ことだ。一方、都合の良い話にマスコミや国民の関心を惹きつけることも重要なサポート手段となる。

 今回の総裁選では、安倍政権の失政に議論が及ぶことを避けるために、安倍総理は、まず、総裁選出馬の正式表明を遅らせている。議論の時間をなるべく短くして馬脚が現れるのを避ける狙いだ。一方で、前述したとおり、憲法9条改正に焦点が当たるようにマスコミを誘導している。9条改正については、石破氏が9条2項の戦力不保持・交戦権否認の条項を削除すべしと主張しているのをうまく利用して、「石破は危険なタカ派だ」という印象作りを狙っている。安倍総理は、9条は1項2項とも残したまま、自衛隊を明文で認めるという改憲案を提案し、「今と何も変わらない」から安全だという。では、何のための改憲かということになるが、いずれにしても「石破より安倍の方が平和志向だ」というイメージ戦略としては十分だということだろう。これも典型的な「まやかし」である。


■必勝パターンで勝利を狙う沖縄県知事選挙

 安倍政権にとって、総裁選に次いで重要な課題となったのが、9月30日に行われる沖縄県知事選挙だ。

 ここでも、安倍政権は総裁選同様の「まやかし」の手口を使う。翁長知事の後継候補が決まらない中で、自民党は、既に佐喜真淳氏(さきま・あつし)宜野湾市長を候補とすることを決めている。その佐喜真氏は、最大の争点の一つである普天間飛行場返還に関しては「街のど真ん中にある飛行場を一日も早く返還することが必要だ。固定化はあってはならない」と述べたのにもかかわらず、その移設先としての名護市辺野古への新基地建設に関しては「(普天間飛行場の)移設先は後日しっかりとお答えしたい」と述べて、答えを先送りした。全くいい加減な話だが、これも都合の悪い争点について「議論を避ける」安倍政権の常とう手段だ。

 一方、安倍政権の悪魔の政治手法「バラマキ」もこれからフル回転するだろう。翁長知事が亡くなって葬儀が終わったと思ったら、15日の日本経済新聞電子版には「自民党は15日、沖縄県知事選(9月13日告示―30日投開票)に向けた新たな沖縄振興策の検討を始めた」という小さな記事が出た。「自民党候補を勝たせれば、こんなご褒美が待ってるよ。もちろん、負けたらただじゃ置かないぞ」というメッセージだ。「バラマキ」はいつもその裏で「恫喝」がセットになっているのだ。

■来年の参議院選挙に向けた「バラマキ」も空前の規模

 来年の参議院選挙に向けた「バラマキ」はものすごいものになりそうだ。来夏は参議院選挙のみならず憲法改正の国民投票まで行ってしまおうというのが安倍総理の頭にある政治日程だ。参議院選挙で大きく負ければ、総理の座も危なくなるということもあるが、何よりも、憲法改正の国民投票で負ければ、当分再度のチャレンジは難しくなる。その意味で、来夏に向けての経済対策は、従来の常識を超えたものになる可能性が高い。

 もちろん、財務省は、野放図な歳出拡大には抵抗を試みるだろうが、公文書改ざん問題などもあり、安倍総理の恫喝に逆らえる官僚はいない。もしかすると、一切異論が出ずに安倍総理主導のバラマキが無制限に行われる可能性すらある。それでなくても、秋の臨時国会では、災害復興対策を理由にしたバラマキの議論が盛り上がるだろうし、防災対策と銘打てば、何でもまかり通るという事態になるだろう。最近の異常気象をはやし立てるテレビの報道などは、このムードをますます盛り上げることに大きく「貢献」している。まるで、政権に協力しているかの観さえある。


■マスコミは自民党総裁選をめぐる政策論を丁寧に報道せよ

 絶対的劣勢にあると伝えられる石破氏は、ことあるごとに、総裁選での公開の政策討論の実施を求めている。しかし、地方で石破氏の講演会を企画すると、県連などから圧力がかかって中止に追い込まれることもあるようだ。安倍総理も前述したとおり、議論をなるべく避けるために出馬表明を遅らせている。短期間であれば、討論会などの実施回数も限られるであろうし、1テーマあたりに費やす時間も短くなってしまう。石破氏は、じっくり議論すれば、安倍総理を論破する自信を持っているようだが、逆に言えば、安倍総理は、論戦のリスクを避けるのが最大の防御となる。こうして相手の攻撃をブロックすれば、「石破は危険なタカ派」だとか「石破総理で経済は崩壊」というようなわかりやすいイメージ戦略と麻生財務相が振りまく「石破は派閥を否定したのに派閥を作った嘘つきだ」というたぐいの悪意に満ちたフェイクニュースを面白おかしく流し続ける攻撃を加えればよい。これによって、まともな政策論議を見えなくすれば大成功という徹底した「まやかし」作戦。そして、裏では各地方への「バラマキ」の約束と逆らったら干し上げるという「恫喝」とのコンビネーション作戦を徹底的に推進する。

 その結果、安倍総理圧勝、石破氏惨敗となれば、今後、「恫喝」「まやかし」「バラマキ」という「悪魔の必勝方程式」による安倍政治がさらにエスカレートすることになる。

 しかし、こうした安倍総理側の作戦は、少し冷静に見れば「見え見え」である。マスコミは、間違っても、安倍政権側の不真面目なイメージ誘導戦略に乗ることなく、安倍政権の実績評価と地道な政策論議をいかに「わかりやすく」、「関心を持ってもらえる形で」報道するのかに努力してもらいたい。そうでなければ、いよいよマスコミの存在意義はなくなったということになってしまうだろう。(文/古賀茂明)
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