くしくも、というべきか。藤井は今期2回戦で、これまでの最年少優勝者だった羽生と当たった。将棋史を代表する2人のドリームマッチは、67手という短手数で藤井が勝利を収めた。

 残された棋譜をさらっとたどってみると、藤井が完勝を収めたようにも見える。しかし一手でも間違えれば、途端に逆転する変化は随所にひそんでいた。将棋は勝ちきるまでが難しいゲームのはずだ。しかし若い頃からの羽生と同様に、現在の藤井もまた、難しいはずの将棋をいとも簡単に勝ちきったように見せることがある。

■王将戦で藤井vs.羽生

「将棋史上最強」と呼ばれる羽生であっても、50代に入る前後からは、かつてほどには勝てなくなった。すべての大棋士がこれまでたどってきた道である。

「現在五冠の藤井竜王と、無冠の羽生九段の対戦は今後、ほとんど見られなくなるのでは」

「羽生九段のタイトル通算100期獲得は、現実的にはもう難しいだろう」

 そう危惧するファンや関係者も増えてきたかもしれないところで、羽生がまた一つ、とてつもない偉業を達成した。11月22日。王将戦挑戦者決定リーグ最終戦で羽生は豊島将之九段(32)に完勝を収め、王将位を持つ藤井への挑戦権を獲得した。渡辺名人、永瀬王座ら現役タイトルホルダーをも含むメンバーを連破して、史上最年長52歳での王将リーグ全勝達成とは、まったく恐れ入るよりない。

 かくして多くのファンが待ち望み続けてきたタイトル戦が実現した。藤井が防衛し、羽生以来となる全冠制覇への道を歩み続けるのか。それとも羽生がタイトル100期を達成するのか。将棋史に残るであろうドリームマッチ・第72期王将戦七番勝負は年明けの1月に開幕する。(ライター・松本博文)

AERA 2022年12月5日号

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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