■ショコラトリーの夢

――「アイアンシェフ」への出演は、世界中の店を飛び回り、多忙を極める中でのものだった。

須賀:日本のテレビ局から依頼をいただき、ロブションに話したら、「さすがにムリだから断れ」と言われました。それで余計に「やってやる」となった(笑)。僕がロブションから薫陶を受けたことは確かですが、それ以上に「あいつなら俺の思うように動いて、この先10年、20年と使っていける」という計算が彼にはあったと思います。その通り、僕は彼の掌の上で踊らされ、踊っていました。

――そのロブションは18年、73歳でこの世を去る。

須賀:先日、夢を見たんです。フランスの田舎の小さな村で、僕がショコラトリーを営んでいる。店は古いアトリエのような建物で、アンティークの家具に囲まれていて、懐かしいような、悲しいような。目覚めた後も余韻がずっと後を引いて、あ、自分は疲れているんだな、と思いました。でも、そこに次の挑戦を見た気がしたんです。

■答えはわからない

須賀:11月で45歳になります。料理の世界は40歳までは修業。そこから60歳を照準に、自分の世界を極めていく。そう考えてきた僕は、10代からずっと気を張り詰めて闘ってきた。今もそう。でも、その状態に疲れ果てている自分もいる。もう、いち抜けた!でもいいじゃん。小さなビストロで、ゆるくやるのもいいじゃん。そんな声が心の奥から聞こえる。そうかと思うと、集大成を求める気持ちも、どんどん大きく膨らんでいく。

――昨年、妻が闘病の末、他界した。大きな喪失と痛みがある。

須賀:ロブションとの日々も含めて、すべてが幻のように思えることがあります。何のために生きているのか。何をモチベーションに、仕事を続けているのか。

 考え続けていますが、答えはわかりません。ただ、自分の料理では、力みや雑味をできるだけ消していきたい。

 妻を失った時に、人は孤立しては生きていけないということを痛感しました。

 その意味でいうと、僕にとって料理と直結する生産者の方々は、なくてはならない存在です。店を完全紹介制にしているのは、排他的な高級店にしたいからではなく、素材も含めて料理と真剣に向き合いたいから。店名の通り、ここを「ラボ(実験室)」として、とらえているのです。

 コロナ禍の制約はまだ続いていますが、その中でも、料理の可能性を広げ、最高の形で世界に発信していきたい。その思いだけは、この先もずっと変わらないと思います。

(構成/ジャーナリスト・清野由美)

AERA 2021年10月25日号