2018年、県は耐震性能調査を行い、震度6強の地震で倒壊・崩壊の危険が高いと判定。昨年暮れ、利活用のメドが立たないとして、県所有3棟のうち「2棟解体、1棟外観保存」の原案を固めた。県議会第2勢力である民主県政会の中原好治議員(57)は、「事前に住民にも議会会派にも説明がなく、唐突で違和感がありました」と疑問を呈す。保存と利活用を求めてきた市民グループ「旧被服支廠の保全を願う懇談会」会長代行の多賀俊介さん(70)も驚いた。

「まさか壊すなんて。急に決めていいのか。もっとしっかり話をしてほしいと思いましたね」

 建物は多くの被爆者が担ぎ込まれ、亡くなっていった歴史の現場でもあるからだ。

 県は、なぜ2棟解体1棟保存案を考えたのか。県総務局財産管理課の足立太輝課長は、「安全を第一に考えた結果」と語る。念頭にあるのは、18年6月の大阪北部地震だ。高槻市の小学校のブロック塀が倒れ、小学生が下敷きになり死亡した。

「万一の場合、責任を問われるのは県と所管の部署です」

 実際、「赤レンガ倉庫」の前には幅4メートルの道路をはさんで住宅が立ち並ぶ。倉庫の高さは15メートル。倒壊した際は、住宅に被害が出る恐れは考えられる。3棟保存の場合、「コストもネックになる」と県は言う。試算では、補強費用は1棟5億円。3棟耐震化した場合は計84億円。地盤沈下の対策も必要なため、額が跳ね上がる。

「平和のことにばかりお金を使わないで、インフラを整えてほしい」「財政の苦しい町にお金を使うべきだ」という声が広島市の若い人の中にもある。

 広島市の松井一実市長(67)は「失えば二度と取り戻せない」と残す意義を強調し、県に3棟保存を求める意見を伝えた。だが財政負担は否定したままだ。

「市は被爆建物を登録したりしているが、究極、他人事なんです。口は出すけどカネは出さないと」

 県財産管理課の黒田浩司主査は、市の姿勢に不満を隠さない。所有権は県。所在地は市。県と市の足並みがそろわない。被爆建物保存のための国の財政支援はあるものの、新年度予算案の計上額はわずか5千万円だ。建物が巨大で、県も市も持てあましているように見える。(ノンフィクション作家・高瀬毅)

AERA 2020年4月6日号