10月18日。弁護団は井上被告の反対尋問をしようとして、松本被告に遮られた。「井上証人は私の弟子、偉大な成就者。このような人に反対尋問すると、尋問する者だけでなく、それを見聞きする者も害を受け、死ぬこともある」として、弁護人の反対尋問をやめさせようとした。

「僕は、懸命に彼を説得しました。反対尋問をしなければ、井上被告の証言がそのまま認められてしまう。弁護人としてそのようなことはできない。とにかく、僕たちと彼とがじっくりと話し合うことが必要。それで、裁判所にその日は裁判を打ち切ることを求めた。しかし、裁判所は認めなかった。それで仕方なく、彼の意思を無視し、反対尋問を続けることにした。

 翌週、他の弁護人が面会に行った。そのときの彼は錯乱しており、顔は、流れ続ける鼻水や涙でぐちょぐちょだったそうです。

 僕は、他に用があってすぐには会いに行けなくて、1週間後、ようやく面会ができた。様子がすっかり変わっていました。いつもの彼の姿はそこにはありませんでした。終始うつむき、僕の言葉が届いているのかどうか、彼の反応はとても心もとないものでした。それからというものは、たまに言葉が通じることがあったが、状態は悪化の一途で、結局、面会さえ拒否されるようになりました。

 彼の不可解な言動についてはいろいろと取りざたされています。詐病説、乖かい離り性人格障害、過去の統合失調症発病による人格崩壊、そして薬物のフラッシュバック。あるいは心理的な閉じこもり、拘禁性の防御反応。本当のところはわからないが、僕には、詐病とは思えない。結局、彼はその後も沈黙し、事件は多くの未解明な部分を残したままです」

【エリート傾倒の一端も 「3.20は日本の9.11」】

 主任弁護人の安田氏が警視庁に逮捕されたのは98年12月。「旧住宅金融債権管理機構の債権回収を逃れるため、顧問をしていた企業の資産隠しを指示した」というもので、オウム事件とは全く無関係の強制執行妨害の容疑だった。

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無実を訴えた安田弁護士だが…