「法廷で空中浮揚」計画も… 麻原彰晃が本気で明かしたかった「私の真実」とは? 元主任弁護士が語る (3/6) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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「法廷で空中浮揚」計画も… 麻原彰晃が本気で明かしたかった「私の真実」とは? 元主任弁護士が語る

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井原圭子AERA#オウム真理教
東京拘置所 (c)朝日新聞社

東京拘置所 (c)朝日新聞社

安田好弘弁護士 (c)朝日新聞社

安田好弘弁護士 (c)朝日新聞社

「彼が差し入れを希望した食べ物は、確かバター。マーガリンだったかもしれません。肉や穀類は『殺生になるから』だめだという話でした」

「当時、『メロンが好物』などと報道されていましたが、彼は『メロンなんかここ2~3年間食べたことがない。好物はバナナなのに』と笑っていました。でもバナナでは安くてだめなんでしょうね、弟子に粗食を強いて自分だけ贅沢していたという検察側のシナリオの下では」

●接見中に戦争予言

「拘置所や法廷で着る服も教団が差し入れました。Tシャツやトレーナーなど普段着が主でした」

 当時、流行の兆しがあったフリースをいち早く着て、法廷に出たこともあった。

「でも、あの詰め襟のようなサマナ服を着ることは裁判所も拘置所も認めなかった。被告人にふさわしくない、法廷の傍聴人や拘置所の他の収容者を扇動することになるというのでしょう」

 松本被告は90年代初めから、世紀末にハルマゲドン(最終戦争)が起きると予言し、危機感をあおって信者を集めた。獄中でもこんな「予言」をしたという。

「接見中、『2003年に、アメリカが日本や世界に向けて最終の宗教戦争を引き起こす』と言い出したことがありました。自分は時間と空間を超えることができる。2003年の広島に飛んだところ、焼け野原になっていた。通りがかりの人に聞くとアメリカが原爆を落としたと広島弁で話した。これは、予言ではない、現実に行って見聞してきたことだとまじめな顔で言うのです」

 国選弁護団が選任された95年11月当時、オウム真理教は教祖の裁判と並行して、教団の存続問題が大きな焦点となっていた。宗教法人の解散命令に続き、12月には破防法の団体適用の手続きが始まった。団体適用を避けるため、松本被告は安田氏らの助言で、教祖をやめ、教団は解散、殺人を肯定する教義だとされたタントラ・ヴァジラヤーナの教えを封印するという「苦渋の決断」をした。

●「獄中指令」の中身

「そのころ、彼は警察・検察から揺さぶりを受けていました。『容疑を認めれば、教団の解散命令や破防法適用を止めてやる』と取引を持ちかけられ、自白を始めました。『供述を始める』と報道もされた。ところが後で冷静になって考えて、そんなことはあり得ないと思い直し焦って検事に自白の撤回を求めた。でも、そんなことが通るはずもありません。それで、彼はその経過を証拠として残すため、大学ノートに書き記していました」



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