福島県三春町の臨済宗妙心寺派福聚寺住職であり、『中陰の花』で芥川賞を、『光の山』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した玄侑宗久さん。最新作『竹林精舎』は、竹林に囲まれた福島の小さな寺「竹林寺」に入った新米僧侶の宗圭の生き様を描く。『ソロモンの犬』の続編としても読める同著はどのような背景で生まれた作品なのか。
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東日本大震災の3日前、玄侑宗久さんは作家の道尾秀介さんに会い、「道尾さんの『ソロモンの犬』の続編を自分で書いてみたい」と話し、快諾を得ていた。主人公の若者たちが気になって仕方なかったのである。しかし震災後、福島県在住の玄侑さんは、寺務のほかに被災者の支援活動や、「東日本大震災復興構想会議」委員の仕事で多忙を極めた。
「ようやく長編が書けるようになった時、中断していた作品に取りかかりました。『ソロモンの犬』はミステリーとしては完結しているけれど、若者たちのその後については読者に考えさせるという終わり方。主人公である秋内静は素直で感じやすく、悩み多い人物だったので、私は『彼ならいいお坊さんになる』と思っていたんです。そこで、彼には出家してもらうことにしました。彼みたいなタイプが、宗門で出世するかどうかはわかりませんが(笑)」
静は、本作『竹林精舎』では「圭」。父母が暮らす宮城県沿岸部は大津波に襲われ、家が流され両親は亡くなった。圭は両親を供養してくれた住職夫妻に導かれ、京都の僧堂に入る。僧名「宗圭」。3年間の修行後、宗圭は縁あって、福島県の小さな寺に住職として迎えられた。友人だった敬也もまた出家して「敬道」となり、福島の寺院へ副住職として入っていた。
「震災は、あくまでもこの小説にとっての遠景です。メインになるのは、若い宗圭が恋愛や性欲に悩んだり、檀家さんとの関係に迷ったりしながら、坊さんとしてどうやって生きていくかということ。震災後、福島県民は何かと『福島の人』と一括りにされがちですが、私は個別の人生に視点を置きたかったのです」
寺院を舞台にさまざまな作品を書いてきた玄侑さんだが、「ここまで正面からお坊さんの暮らしを書いたのは初めて」という。一般家庭に育った宗圭が過疎地にある小さな寺の住職となり、檀家にも教えられつつ、心を込めて寺務に取り組んでいく。彼が僧として成長していく姿は清々しい。福島が舞台となるだけに、宗圭、恋の相手・千香、敬道、彼の妻・裕美が、ここで生きるために学んだ放射能関連のさまざまなデータも出てくる。
「今の福島を語るのに文学的、物語的になりすぎないようにしたかったのです。ひとりの人間の中で不安になったり安心したりする心の揺れを描くことは、私にとってのリアル。次は彼らのお寺を遠景に、葬儀屋さんの小説を書こうかな」
(フリーライター・千葉望)
※AERA 2018年4月2日号