矢野香(やの・かおり)/スピーチコンサルタント。長崎大学准教授。NHKキャスター歴17年。政治家や経営者に「信頼を勝ち取る正統派スピーチ」を指導(撮影/座田学)
矢野香(やの・かおり)/スピーチコンサルタント。長崎大学准教授。NHKキャスター歴17年。政治家や経営者に「信頼を勝ち取る正統派スピーチ」を指導(撮影/座田学)

 政治家や経営者に「信頼を勝ち取る正統派スピーチ」を指導する矢野香さん。SNSで会わなくてもつながれる現代社会では、「会う・会わない」のコミュニケーションバランスが必要になってくるという。使い分けの極意を聞いてみた。

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 リアルの人間関係は、双方向の共感が求められるため「間合い」が重要。一方、SNSは“即レス”が求められ、間がないことを良しとします。今の時代、こうした「会う・会わない」という異なるコミュニケーションスタイルが混在しているから難しい。しかし、実は昔から政治家や著名な経営者は、「会う・会わない」というこの二つのバランスを取りながらコミュニケーションをしてきています。

 一昔前の選挙では、私たちは候補者をポスターや新聞などの「会わない」場で知った後、駅前での演説などで本人に「会う」という状態でした。SNSの普及により今は、こうした限られた人だけでなく、一般の私たちも同じになったといえます。

 このときに気をつけなければならないのは、「第0印象」と「第一印象」のギャップです。「会わない状態」で持つ、相手への印象を「第0印象」と私は呼んでいます。

 例えば、選挙ポスターで「若々しく誠実」という印象の笑顔だったにもかかわらず、実際に会ったときの「第一印象」があまりに違えば不信感を持ちます。SNSで発信するときは、あまりに事実よりよく見える文章の書き方や写真には気をつけないと、信頼感が損なわれます。

 近年、SNSを上手に使ったコミュニケーションで参考になるリーダーは、本市長の大西一史さんです。2016年の熊本地震ではツイッターで情報を発信し続けました。本人のインタビュー記事によると、目的はSNSで流れていたデマや嘘の情報を止めて、正しい情報を一刻も早く市民に届けるため。さらに、彼はSNSを利用し「双方向に励ます」ことも実践。市民を励ましたり、ボランティアに感謝したり、公式情報ではなかなか伝えられない個人的な感情を自身のツイッターでつぶやいた。リーダーとして地元の被災者、世界中の人たちの気持ちに寄り添った市長に好感と、「信頼感を抱く」との声が寄せられました。このようにリーダーは、「会う・会わない」の場で発信する情報を使いわけたいものです。

 そもそもSNSは他人が見るもの。自分は他人にどう見られているか、という客観的な自己分析力を持つ必要があります。そして、「見せるための自分」という理想の自分をつくることは悪いことではありません。リアルに会った時に、それを虚像にしないよう表現スキルを訓練すればいいだけ。逆にいうと、今は訓練することでなりたい自分になれる時代なのかもしれません。(構成 ライター・坂口さゆり)

AERA  2017年10月30日号