「読者の多くは社会の中核で働いている人。リーダー論を学ぶ実用書として読まれています」

 読者層は、男女比が約2:1で、このうち男性の年齢層は、30~40歳代と50歳以上でほぼ半々。読者の大半が、会社で部下を持ち始めた中堅や管理職の男性だ。一国の宰相として日本を引っ張った角栄が、いかにして人を動かしていたのかに興味があるのかもしれない。

「角栄の言葉に触れることで薫陶を受け、実際の仕事や日々の人間関係に生かしたいとの思いがあるのだと思います」
 寒村での極貧生活や子ども時代の吃音でのイジメ、旧満州(現・中国東北部)での兵役、初出馬での落選……。幾度となく人生の修羅場を経験し、社会に揉まれて政界へ進出した角栄の言葉には、官僚や世襲議員には決して語り得ない説得力がある。

「人生経験は同世代の誰よりも積んでいるはず。土方の親父的な迫力が、帝国大学出身の官僚に勝ったという痛快さ。そこが魅力だと思います」

●丹下健三より田中角栄

 角栄を「戦後最大の建築家」と評価するのは、東京藝術大学美術学部建築科准教授で建築家の藤村龍至さん(39)だ。

「戦後最大の日本の建築作品は何かと考えたときに、日本列島ではないかという考えに至りました。それを田中角栄がデザインしたという意味で、建築家と見立てられるのではと思っています」

 角栄が72年に『日本列島改造論』で示したビジョンは、現在も続いている。先日、北海道新幹線が開業したが、日本列島を高速道路や新幹線、本州四国連絡橋などの高速交通網で結び「一日行動圏」を作るという強いビジョンがそれだ。それにより地方の工業化を促進させ、人とカネとモノの流れを都市から地方へと分散させ、過疎や過密の問題を解決しようとした。

「一般的には丹下健三が戦後最大の建築家でしょう。その丹下は日本列島のデザインについて集中投資という案を出す。強い所を強化して、全体はそこに助けてもらうという考え方。太平洋側を強化し、日本海側を助けるようなイメージです。それに対し田中は、開発が遅れた地方にも役割を与えて全体として高めていくという考え方なのです」
 藤村さんは、11年の東日本大震災をひとつのきっかけに、列島改造論のアップデート版「列島改造論2.0」を議論すべきだと考えている。

●待望論は政治不信から

 元週刊文春の記者で、『田中角栄 巨魁伝』(朝日文庫)の著者、大下英治さん(72)は、角栄ブームを、現在の政治不信の裏返しと見ている。

「昨今は政治家が小粒になりすぎ、ああいう政治家はいないなという懐かしさ。今の政治家にスケールの大きな人物がいたら、角さんの待望論はなかったはずです」

 また、角栄の行政手腕を「創造性」の観点から評価している。

「今の政治の問題は、政治家がすべて官僚の言いなりになりすぎている。官僚は仕事はできるが、創造性が足りない。そこを政治家が補うべきなのに、できていない」

 角栄はかつて若い議員にこう説いた。

「大きな仕事を手がける場合に、批判はつきものである。結果的に評価を変える仕事をすれば良い」

 この“結果”を人びとがやっと理解し始めたのだろうか。(ライター・重野マコト)

AERA 2016年7月25日号