「床を引きずるくらい長い袖を付けてみたり、1枚の服に襟を4枚つけてみたりさ。ま、それでもみんな、世界一のもんを作ってやろうっていう意気込みはすごかった」

 同じ頃、メグミさんのファッションエンゲル係数もすごいことになっていた。数カ月に1度行われる親会社のDCブランドの社員向けセールでは、今で言う「爆買い」を敢行。社員セールの代金は給料から天引きされるが、20万円近い月給がマイナスになったこともあった。

 ブランディアも知っているメグミさんだが、今も一部捨てられないでいるその頃の服を見ると、もれなく肩パッド入りの逆三角形シルエット。バブル後期に流行したボディコンも、体はピタピタだけど、やっぱり肩だけはでかかった。

 そうして服に散財しつつ、メグミさんは娯楽もあきらめない。どこの会社でも女性社員の机の上に必ず置いてあった国民的情報誌「Hanako」を熟読して、ニューオープンのレストランや新刊書籍、ロードショー情報などをチェック。男性は「POPEYE」や「Hot−Dog PRESS」などのカタログ雑誌で、ファッションと恋愛の腕を磨くのが王道だった。

 読書も当時は最大の娯楽だ。実名のブランド品やレストランなどが満載の田中康夫の『なんとなく、クリスタル』(81年)以来、文学はトレンドの情報源としての役割も。

 前後して村上春樹、吉本ばなななど、かっこいい時代の空気感をおしえてくれる教科書みたいな新しい文学も登場する。そりゃあもう、iPhoneみたいなもので、発売日に徹夜で行列したくなるほど、新刊の発売が待ち遠しかった。(ライター・福光 恵)

AERA  2016年4月25日号より抜粋